秘書電話4

妄想小説

牝豚狩り



第四章 冴子の捜査開始

  その1


 薄暗い捜査資料保管室の奥で、パソコンの端末に向かっていた冴子は、さっき分厚い綴じファイルの中で見つけた一つの事件に関する記録を検索していた。
 事件は、失踪して行方不明になっていた現職の女性捜査官が四日後に横浜にある古い埠頭脇の倉庫の隅で遺体で発見されたというものだった。
 記録簿は抄録で、詳しい捜査状況は書かれていなかったので、事件番号をたよりにパソコンを使って、当時の資料を検索していたのだった。

 冴子の頭にぴんと来たのは、「失踪」という文字と、「現職女性警察官」というたった二つの言葉によってだった。冴子は胸騒ぎを感じた。

 今では、膨大に増えつづける未解決捜査資料は、事務官の手によって、報告書がスキャニングされ、警視庁の機密サーバーの中にデジタル情報として保管されるようになっていた。紙のファイルで綴じていたのでは、書庫が幾らあっても足りないからだ。

 パソコンの画面の中に詳細捜査情報を読み進めるに従って、冴子の予感は確信へと変わりつつあった。
 冴子の確信を高めたのは、被害者内田由紀巡査が、警察官空手女性部門の全国大会優勝者という腕前を持っていたということからだった。並みの婦人警官ではないのだ。

 内田由紀が失踪したのは、全国大会で優勝した翌週、タイのバンコクで開催されるアジア警察官選手権大会の空手部門に遠征で出掛けた後のことだった。税関の出国記録には内田由紀の名前は無かった。その後、アジア大会の日本側総合事務局には、現地でインフルエンザに罹患し、急遽休場するという連絡が入っていたことが判った。
 送り出した所轄警察署の誰もが、てっきり内田はタイへ出かけているものと信じられており、誰も失踪とは疑わなかったようだ。
 発見された遺体の生体反応から、死亡したのは出発から3、4日経過した発見日のほんの数日前あたりということが特定された。すなわち、姿を消してから数日間は生きていたことになる。
 しかも海外遠征ということで居なくなってから出国記録がないことから、その間、ずっと日本にいたということになるのだ。しかし、その間どこでどうしていたのかについては、全く情報がなかった。
 発見された場所に残された血痕の量からして、殺害されたのは、別の場所である可能性が高いとされていた。発見された時には警察官の制服を着用していたが、衣服に不自然な乱れがあり、あちこち薄汚れていて、鉤裂きの跡も数箇所見つかっている。体の数箇所から複数の人間の体液の付着が認められている。体液とは男性の精液であった。しかし、膣内には多少の傷はあるものの、精液は検出されなかった。
 性的暴行を受けたが、未遂に終わりその後殺害されたものと検死報告が結論づけられていた。手首や足首にはロープで縛られたり、手錠を掛けられた跡が鮮明に残っており、数日間に渡って監禁され、陵辱を受けたことを窺わせていた。
 失踪から殺害の間の行動を裏付ける物的証拠は殆ど何も見つかっていない。彼女が出る時に着ていたであろう衣服や、持って出ているはずの荷物なども一切見つかっていない。現場付近は構造不況の煽りを食って、倒産した物流会社の倉庫街で、当時は殆ど人の出入りはなく、目撃証言も殆どと言っていい位出てこなかった。
 発見されたきっかけは偶然で、警備会社が契約期限が切れる為に、受け渡しの準備として中を点検していた為で、その期限がなければ、発見はもっとずっと遅れていた可能性もあるとのことだった。

 捜査本部が出した結論は殆ど推測の域を出ていなかった。アジア大会へ出掛ける途中の何処かで、一人若しくは数人の暴漢と出遭ってしまった。そこで内田は拉致され、物流倉庫の何処かか、あるいは全く別の場所で数日間監禁され、その間に何度が陵辱されかけた。そして、その繰り返しの後、抵抗しようとしたところをナイフで刺され、出血多量で死に至らしめられたというものである。

 事件には不審な点が幾つもあった。全日本選手権で優勝するほどの武道の腕前の彼女がどうして犯人に拉致されたのか。その拉致がいとも容易くであったか、難航の末のことであったかは知る由もないが、とにかく結果的には拉致されたのである。それほど屈強な犯人だったとすると、何故性交にまで及んでいないのかが次の疑問であった。性的暴行が目的ではなかったことも考えられなくはないが、身体のあちこちに付着している精液の痕は、性行為に及ぼうとした形跡を窺わせている。空手の達人とも言える彼女が拘束されているような状況で、犯そうとした犯人が未遂にしか至らなかったのがとにかく不自然であった。生前の彼女の風貌は、性的魅力を感じさせないような、武骨な感じではなく、むしろ美形の類にあたる。凛とした清々しい表情は、男性にはたまらない魅力として映ったに違いない。だからこそ、拉致もされ、陵辱もされかけている筈なのだ。
 身に付けていた衣服は、送り出した所轄の同僚の証言からは、遠征に出発した際に身につけていたものとは異なるだろうという話であった。その制服は式典などに使う正装用のものであり、おそらく現地での試合後の表彰式やレセプションなどで身に着ける為にスーツケースに収めて出たであろうというのである。これは頷ける話である。海外に飛行機で出発していくのに、公務でもないのに、警察官の制服ではあまりに周りに違和感を与えてしまうだろう。

210短スカート写真

 発見された時の写真に冴子はすぐにピンときた。太腿をあらわにして、陵辱されかけた時に裾が持ち上がってしまっているようにも見えるが、よくよく見れば、裾がずり上がる前に元々の丈がかなり短い。
 近頃の若い女性警察官には、自分でスタイルをよく見せる為に態と制服の丈を短くしている者も居ない訳ではない。女子高生ではないので、制服のスカート丈にまで規律を設けるようなことは実際上はないのだ。すべては「良識の範囲内」として片付けられている。海外遠征で優勝した際に自分をより引き立つように美脚を少しだけ露出目に演出したということも考えられなくはない。日本代表が、武道だけでなく、容姿についても日本代表にふさわしいように身支度をしたとしてもそれほど不自然ではない。
 冴子がスカート丈に着目したのは、嘗ての自分の経験があるからだ。

 (あの時、自分が何時の間にか穿かされていたのも、股下ぎりぎりまでしかないレザーのミニスカートだった。)
 訓練された自分の武術の腕と、殺害された内田の空手の腕前とも重ね合わせて考えていた。そして行方のわからない数日間の失踪。
 限りなく自分の経験した事件に似通った臭いを感じるのだが、物的証拠は何一つ無かった。しかも「死人にくちなし」である。


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