インド老婆

妄想小説

営業課長・桂木浩子 ~ 嗜虐の誘惑 (淫乱インストラクタ続編)



第四章

 浩子は、恥かしさに後ろを振り向くことも出来ずに一目散に駅から逃げるように外へ向った。後ろで男達の下卑た笑い声が聞こえる。浩子の痴態を嘲笑しているのは明らかだった。道は駅を出て、線路伝いに細い路地が続いていた。そしてすぐに小さな踏切へと繋がる。そこを渡って南へ向かえという指示だった。辺りを見渡すが、もう既に誰の姿も認められなかった。踏切を渡って少し行くと、すぐに人家も途絶え、見渡す限り平らな農地しか広がっていない。浩子は不安になりながらも、指示された通りに行くしかなかった。何もない田舎の畑が広がる中の一本道に、タイトなミニのビジネススーツを着込んだ浩子の姿は、場違いな印象を振りまいていた。
 浩子はもう一度、樫山からの指示を胸の内で暗誦してみる。
 (踏切を渡ったら、そのまま真直ぐ南へ向かえ。インド人老婆に出逢ったら合図を送れ。)
 何の脈絡も無く、インド人老婆に出逢ったらというのだった。
 (こんなところにインド人のお婆さんが棲んでいるというのかしら。)
 浩子は不安になるが、それよりも、樫山に指示された合図というのを思うと、気が遠くなった。老婆に出逢ったら、合図として、スカートの前を捲くって老婆にその下を覗かせることとあったのだ。想像しただけで、破廉恥な行為だ。相手が同性で、しかも外国人に向って、そんなはしたない真似をしろというのだった。考えただけで、じいんと身体が熱く火照ってくる。同性の老婆で、二度と逢うこともないだろう外国人になら、樫山の命令だけに、従うことも出来そうな気もしてくる。しかし、周りに男が何人か居たら、どうしたらいいのだろうか。まさか男が居る前で、スカートの前を捲くって見せるなどということが出来るのだろうか。浩子は穿いてきたショーツのことを思い浮かべている。真新しいものをおろして穿いてきてはいた。が、東京からずっと満員電車に揉まれてきている。しかも駅に着く直前には、とんでもない恥かしい目に遭っている。それでなくても浩子は刺激に敏感に反応してしまう。つい洩らしてしまった潤みに内側がもう汚れ始めているかもしれなかった。出掛けにショーツの下にパンティライナーを当てようか散々悩んだのだ。しかし、万が一、それを樫山に見つかるのは、それはそれで恥かしかった。潤んでしまいやすい体質の浩子には、沁みのついたショーツを見られるのと、それを防ぐのにパンティライナーをつけていつのを知られるのと、どちらが恥かしいか、いつも悩みの種なのだった。しかし、人通りが無いからといって、道路の真ん中でスカートを捲くって確かめてみる訳にもゆかないのだ。
 その時、地平線の先の遠いところに黒い影が蠢いているのに気づいた。遠くて何かは判らない。が、それは動いていて、どうやらこちらに向っているように思えた。浩子のほうもゆっくり近づいていく。次第に黒い影は薄黒い色に変わり、点のような塊は何か獣の立っている姿にも思えてくる。更に近づいた時、浩子にはぼろ布を纏った影武者の亡霊のようにも思えてきた。しかし、それは古びれた色の褪せたサリーに身を包み、背中を丸めて杖を突きながら歩いてくるインド人老婆であるのが次第に判ってくる。その正体に気がついて、浩子ははっと息を呑む。何とも不気味な姿だった。10mほどに近づくと、浩子には相手の様子がはっきり見て取れた。肩から頭に掛けて被っているショールのようなものの奥に、鋭い目がきらりと光っている。かなり高齢のようだが、意志ははっきりしている風だった。
 (タミル語しか判らないから話し掛けても無駄だ)そう、樫山は浩子に告げていた。その為に、普通ではない、予めしらされている者にしか判らない合図を用意したのだとも思えた。
 浩子はもう一度辺りを見回して老婆の他に誰も居ないことを確認すると、ゆっくり両手をスカートの裾に掛けた。相手が、同性でも、老婆で、外国人であっても恥かしい行為であることには変わりはなかった。浩子は唇を噛んで、老婆を見ないように横を向いて、スカートの裾を思い切り持ち上げた。老婆の目に、紺色のスカートの下から真新しい白い逆三角の膨らみが顕わになっている筈だった。老婆が立ち止まったのを、足音が途絶えたことで知る。暫く静寂が流れる。
 そのままで居る事に居たたまれなくなって、浩子は手にスカートの裾を掴んだまま老婆のほうをそっと見る。老婆はサリーの懐のようなところから何か差し出していた。それはペットボトルの水だった。見た事のない銘柄で、日本の物ではないのは明らかだった。英語が書いてあるようだが、一見して欧米のものではないようだった。ずっと老婆は浩子に向って差し出しているので、受け取らない訳にはゆかなかった。浩子がボトルを受け取ると、老婆は顎でしゃくって合図する。それを飲めと言っているようだった。浩子がボトルの栓に手をかけると、キャップは既に明けられていたように思われた。それでも、浩子は飲まない訳にはゆかない。意を決して、毒でも飲むように怪しげなペットボトルの中身を口に含んだ。ほんのり甘い香りと、軽い苦味が口の中に広がる。浩子はもう後ずさりは出来ないのを覚悟しながら、ゆっくり口の中のものを嚥下する。
 一口飲んで老婆をみると、浩子の顔をじいっと窺っているようで、身動きをしない。どうやら全部飲み干すのを待っているようだった。浩子は捲くっていたスカートの裾をゆっくり下ろし、両手でボトルを掴んで、一気に飲み始めた。もう今更、何を懼れていても仕方ないと覚悟を決めたのだった。二度、休んでボトルが空になるまで飲み干した。毒は入ってはいないようだったが、中身が判らないだけに後味が悪かった。老婆は浩子がボトルを飲み干したのを見届けると、再び懐に手を突っ込んで、なにやら紙切れを取り出した。四つ折に畳んだもので、それを浩子のほうへ差し出す。震える手でそれを受け取ると、空になったペットボトルを地面に置いて老婆には中身を見られないようにそっと開いてみる。畳んだ中に書かれているのは何やら地図のようだった。こらから自分が向う先を指示してあるかのようだった。
 「変態女!」
 すぐ傍で、老婆が自分を見上げながら、そう言ったように思われた。慌てて老婆のほうを振り返ると、既に老婆は浩子の元を通り過ぎようとしていた。浩子は老婆の表情を確かめたかったが、すでに背中しか見えず、ゆっくり遠ざかろうとしていた。
 確かに浩子には、老婆が(変態女)と言ったように思えた。日本語は喋れない筈だった。しかし、自分がした格好に、そう言われたのだとすると、ショックだった。判らないかもしれないにしても、最初は話し掛けてみるべきだったのではないかと今になって後悔した。人の前に立って、いきなりスカートを捲くって下着を顕わにしてしまったのだ。変態と思われても仕方がない。そんな自分の行為を老婆がどう思ったか、浩子には悔やまれてならなかった。が、いつまでもそうしている訳にも行かなかった。地図らしきものを広げてみる。線路と駅らしいものから、自分の居る位置が大凡わかる。駅とは逆の方向へもう少し行くとなにか広い敷地があって、その中に場所を示す×マークが記されている。頼りなげな地図だけを頼りに、浩子は先を急いだ。

眼鏡あり

  次へ   先頭へ




ページのトップへ戻る