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アカシア夫人



 第二部 和樹の嫉妬と貴子の迷い



 第十九章

 貴子には次の和樹が留守をする機会が待ち遠しかった。それまでの間、どうやってその抽斗の鍵を手に入れるか、その算段を何度も練り直した。夫に気づかれないようにしたかった。しかし、鍵はいつも夫が持ち歩いているのだった。

 夫が出掛ける際に、持ち物を用意するのは貴子の役目だった。家に帰ってくると背広を受け取り、財布、鍵束、携帯、眼鏡などを和樹の書斎のトレイに移しておく。出掛ける時は逆で、書斎のトレイから持って出て、新しいハンカチと共に背広のポケットなどに移しておくのだ。
 貴子は夫が今度出勤で出かける間際に、夫の鍵束から抽斗の鍵を自分用の抽斗の鍵と摩り替えることを計画した。短い時間の中で、気づかれないようにさっと入れ替えるために、似たようなキーホルダーを探してきて、練習までしておいたのだ。

 「貴方、行ってらっしゃい。今度も明後日の夜ね。」
 貴子は夫が戻ってくる日を確認しておくのを忘れない。
 「鍵、ちゃんと持ったわね。」
 「ああ、大丈夫。じゃ、行ってくるよ。」
 「はい、行ってらっしゃい。」
 貴子は先ほど摩り替えた鍵を付けた鍵束を持って出てゆく夫を見送ったのだった。

 おそるおそる抽斗の鍵穴に摩り替えた鍵を突っ込んで廻してみる。何の抵抗もなくするりと鍵は開いた。
 一番上に、山荘の権利書やら登記証などの書類が積んである。しかしそれら書類の下に何やら木箱が入っていた。それを取り出して机の上で開けてみる。貴子が推理した通り、一週間ほど前に貴子が目にした、バイブレータの箱と手錠が入っていた。しかし、あの時目にしたコンドームの未開封のパックはそこにはなかった。
 捨てたのだろうと貴子は思いたかった。しかし、三日間の単身生活の間のどこかで、使う積もりで持って出たというのは拭い去れない疑惑として残った。

 その日は、三河屋が配達に来る日だった。その事も計算済みだった。いつも通りに俊介が配達にやってくる。荷物を置いて帰ろうとする俊介を貴子は呼び止めた。
 「あの、俊ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど・・・。」
 「えっ、何でしょうか。次の配達のものは伺いましたけど。」
 「そうじゃないの。これから街のほうへ戻るでしょ。一緒に街まで乗せてってくれないかしら。」
 「街に何か用があるんですね。え、でも・・・。僕なんかでいいんですか。」
 「ちょっと急ぎの用があってね。主人が帰るの遅くなると思うので。」
 「そうなんですか。勿論、いいですよ。配達用のバンですけど。助手席は空いているから。なんか、嬉しいなあ。僕なんかを頼って貰えて。」
 「いいの?それじゃあ是非お願い。でも、もうひとつだけお願いがあるの。うちの人には、このこと内緒にしておいて欲しいの。出来る?」
 「はあ、内緒にね・・・。勿論、いいですとも。奥さんと僕だけの内緒の事です。」

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 俊介は何時に無くうきうきしているようだった。助手席に乗り込んできた貴子は大きな鍔の広い麦藁帽子にスカーフをしていて、他人目を憚っているのは明らかだった。それでもいつものようなミニスカート姿だった。それも今まで俊介が見た中で、飛び切りの短さだったように思われた。
 「あまり他人目に付かないところで降ろして欲しいの。狭い街でしょ。変な噂とか立てられてもいけないから・・・。」
 「ああ、じゃあ、郵便局の裏の駐車場がいいでしょ。あそこは予備だから、殆どの車は表のほうに停めてるし、裏側の入口から直接入れますからね。」
 「そうなの。じゃ、そうしてくださる?」
 「了解です。じゃあ、街までも、あんまり他の車が通らない裏ルートでいきましょう。それで帰りはどうするんです?」
 「タクシーを捜すわ。」
 「でも、タクシー少ないから、捕まるか分かんないですよ。それにタクシーって、意外と目立つし・・・。噂にもなりやすいし。」
 「そうなの。」
 「あそこの運ちゃん、口が軽いからなあ・・・。そうだ。そんなに時間掛んないんだったら、一仕事した後、また迎えに来てもいいですよ。どうせまた別荘地に戻るんだから。」
 「えっ、そうなの。用は小一時間ぐらいなんだけど。」
 「じゃ、一時間したら、同じ駐車場に車、廻しますから、郵便局の裏口から出てきて下さいよ。きっと迎えにいきますから。」
 俊介は往きも帰りも一緒になれると知って、悦びを隠しきれない様子だった。

 貴子は俊介に郵便局の裏駐車場で降ろしてもらうと、裏側の入口から中に入り、要りもしない葉書を数枚買ってから表側から外に出る。目の前を俊介の軽のバンが通り過ぎる。中で俊介が目配せしていたが、気づかない振りをした。そのまま目的地の駅前商店街にある鍵屋に急ぐ。そこは前に夫と買物に来た時に目を付けておいた小さな店舗で、合鍵作りの他、靴の修理やらいろんなことをやっているようだった。
 「これですか。大丈夫ですよ。30分もあれば出来ますから。」
 貴子は合鍵を注文しておいて、出来上がるまで商店街をぶらつくことにしたのだった。

madam

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