手錠単品

アカシア夫人



 第二部 和樹の嫉妬と貴子の迷い



 第十七章

 着替えて階下に降りていった貴子は、しいんと静まり返った一階のリビングを観て、昨夜、和樹がゴルフに行くのだと言っていたことを思い出した。もう既に出掛けた後のようだった。和樹の出張時の着替えなどを洗濯しておかなくてはと思い、和樹が前の晩ボストンバッグを置いていたテーブルの辺りを探してみたが、何処にも見当たらない。不思議に思いながら、二階の和樹の部屋を覗いてみると、ベッドの脇にそれは置いてあった。
 洗濯物だけでも取り出しておこうとバッグを開けてみると、着替えなどの下から見慣れぬものが出てきたのだった。茶色い紙袋に何やら入っている。そおっと取り出して中を見て貴子は唖然となった。
 中に入っていたのは、ずしりと重く、黒光りする手錠がまず見つかった。鍵も付いている。更には細長い紙の箱があって、取り出してみると、ペニスを模ったものだった。貴子も本物は観たことがなかったが、バイブレータというものであることぐらいは知っていた。和樹が最も怒張した時のよりも、更に長く、太いように思われた。最後に出てきたのはフィルムに包まれた紙の箱で、中身はコンドームであるのがすぐに判った。まだ開封はされていない。
 和樹がコンドームを使ったのは、結婚した直後ぐらいしかないと貴子は記憶している。最初の子供を妊娠した以降は、和樹がコンドームを使ったという記憶はない。二番目の子供を産んで以降は、大抵は膣外射精をするようになったし、そもそも和樹との営みの回数はどんどん減っていって、そんな必要すらなくなってきていたのだった。
 夫が自分との性交の際に今更コンドームを使おうと考えているとは思いにくかった。貴子の脳裏に「不倫」という文字がよぎった。

 夫、和樹には前科がある。最初の子供を妊娠してすぐの頃だった。夫の通勤鞄を整理しようとしていて、中にリボンの掛った包みを見つけたのだ。高級装飾品店の包み紙だった。自分の誕生日が近かったので、貴子はサプライズプレゼントを期待して胸を熱くさせた。しかし、誕生日が来てもその包みは渡されることが無かったのだ。代わりに夫から貰ったのは、産まれてくる子供用の産着のセットだった。貴子は何も表情に出さないように努めた。そして、その後、同じ様に和樹の通勤鞄の中に見慣れないハンカチを見つけたのだ。何か汚れたものを拭ったような痕があり、貴子の知らない香りが微かに嗅がれたのだった。夫には言い出せず、すぐ近くの実家の父親に相談した。父親は私に任せておくようにとだけ貴子に申し渡した。父親は密かに興信所に内偵を頼んだらしかった。その暫く後、夫は父親に呼びつけられ、かなりしょげて帰ってきた。しかし、父親も夫も何があったかについては一切貴子には教えなかった。貴子のほうも知らぬ振りをして全ては終ったのだった。

 貴子はコンドームの包みを紙袋の中に戻した。封は開いていない。使ったという証拠はないのだ。問い質せば、会社のビンゴゲームで当たったのだとでも言うのだろう。要らないから捨てるつもりだったけど、その場で捨てるのは差しさわりがあるのでつい持って帰ってしまったなどと言いそうだ。手錠とバイブレータについてもそう言うのだろう。事実そうなのかもしれないとも思う。
 貴子は洗濯物も取り出さずに、そおっと引き出した紙袋を元どおりに仕舞いこみ、バッグも置いてあった場所にそのまま置いておくことにした。

 「貴方、この間の出張の時の洗濯物とか、今日のゴルフウェアと一緒に出しておいてね。」
 その夜、ゴルフから帰ってきた夫にさり気なく言った貴子だった。暫くして夫が持ってきた出張時の旅行バッグには、洗濯物はあったものの、茶色い紙袋は姿を消しているのを貴子は確認したのだった。


madam

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