250栗原万歳

妄想小説

牝豚狩り



第五章 三箇月後

  その9



 すぐに冴子は傍らのテレビを点けてみる。チャンネルをザッピングして報道番組を探す。昼過ぎの時間帯は大きなニュースの特集をやっていることが多い。冴子はすぐに所望の番組を見つけた。バレーボール世界選手権の予選となるアジア大会で敗退し、最終決勝リーグに残れなかった全日本女子バレーボールチームを連日報道しているものだった。
 女性キャスターの緊迫した顔が写る。下向きに原稿を早読みしている彼女の顔は事態の理解に必死になって取り組んでいるように見えた。報道ルームがざわついているのが見える。
 アナウンサが顔を上げた。
 「えー、先ほど日本に到着し、記者会見をすることになっていた全日本女子バレーボールチームですが、会見が急遽延期された模様です。まだ詳しい事情は判っていませんが、会見を急遽延期するという連絡が入ってきた模様です。では、現場の成田空港へ繋ぎます。成田の相原さーん。そちらの様子どうですかあ。」
 画面が成田空港ロビーを大写しにする。記者会見会場ではない。一般客がごった返している中央ロビーの映像が映る。成田ではまだ映像を送る準備が出来ていない風である。
 突然、画像が切り替わって、ロビーの外らしい場面になった。この局の派遣レポーターらしき若い男性が原稿の紙を持ってキューを待っている。レポーターが耳にしているヘッドセットにキューが入ったらしく、突然、水を得た魚のようにレポーターはカメラに向かって話し始めた。

 「たった今、報道に配られた情報です。えー、本日先ほどの便で帰国した全日本女子バレーボールチームですが、記者会見を行う予定でしたが、急遽取りやめとなったと正式に通知がありました。通知は監督より伝えられたとのことです。えー、理由については述べられておりませんが、非公式な話ですが、選手の一人が帰国途中で失踪したとのことです。・・・選手が失踪したことがどうも選手の一人から伝えられた模様です。えー、失踪したと見られる選手は、予選リーグの開催試合の中で、期待通りの活躍が果たせず精鋭を欠いていた栗原瞳選手ではないかと見られています。詳しい事情は判り次第またお知らせします。えー、繰り返します。失踪したとみられる・・・。」

 栗原瞳。冴子もその名前は聞いたことがあった。バレーボールの世界選手権開催となって鰻のぼりの女子バレー人気の中で、一際ひと目を惹いていたのが、運動能力に優れているだけでなく、その持ち前の勝気さと美貌で注目され、アイドル状態になっていた有名人であった。
 冴子は嫌な予感が鳩尾の下から沸き起こってくるのを感じていた。
 その夜の報道番組は、全日本バレーボールチームの有名選手の失踪事件で持ちきりであった。夕方になって、失踪したのは栗原瞳であること、彼女から監督宛に、「疲れた。暫く充電期間を持ちたい。」とだけ記された携帯メールが入っていたことが報道された。
 話題騒然となったのは、失踪した本人がバレーボール界の超人気選手だったというだけではない。姿を消した方法が皆目掴めなかったからである。

 海外遠征チームは同じ飛行機で開催地のバンコックを発って、全員揃って成田へ着いた筈だった。選手及び監督は、その後の記者会見の為と、一般客を混乱させない為に、暫く到着ロビーで待機していたことまでは判っている。しかし、その間に栗原は姿を消していた。到着ゲートの外には、報道陣が詰め掛けており、その中をすり抜けて出ていったとは考えられなかった。しかし、何処にも栗原の姿は認められていないのだった。


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