240チアもろ捲れ

妄想小説

牝豚狩り



第五章 三箇月後

  その4



 男に宴会の後と言って、呼び出させることにしたのは、全くのアドリブだった。それまでの会話でたいした情報が引き出せなかったこともよく判っていた美咲は、何とか次の機会を作るチャンスを狙っていたのだ。

 その宴会の日までに、冴子が用意したチアガールのユニフォームは完璧に駒澤大学チアリーディング部の物そっくりに作り変えられていた。じっくり調べられても、当の部員でさえも判別がつかないと思われた。駒沢大学チアリーディング部は伝統のある体育会系サークルの一つだった。駒沢大学の運動会系チームが臨む幾多の試合にも応援団として参加していた。チアリーディング部の公式ユニフォームの写真を入手するのは難しいことではなかった。大学のホームページの各種イベントのサイトからは幾らでも応援をするチアリーダーたちの写真がダウンロードできたのだ。確かに医者が以前から持っていたサイトに写っていたチアガールの写真は、この駒澤大学チアリーディング部のユニフォームをまとっているように見えた。被害者はこのサークルに在籍しているか、嘗て在籍していた誰かという可能性が高いと思われた。

 その夜、冴子、良子、美咲の三人は冴子が行きつけにしているバーで医者からの携帯電話を待っていた。三人ともこれからの活動に備えて酒は飲まずにソフトドリンクだけにしている。が、美咲の前にだけは一杯のジントニックが用意されている。美咲は宴会の一次会帰りということになっている。多少のアルコールの臭いがしなければ怪しまれてしまう。美咲は用意しておいた駒沢大学チアリーディング部の公式ユニフォームそっくりに仕立てなおしたコスチュームを大きな紙袋に入れて用意もしている。

 美咲のらしい軽くて明るい着信メロディが流れ、すぐに美咲は着信ボタンを押す。
 「もしもし、あ、篠崎さん。・・・、そう、今まだ宴会場。・・・、そう、そうなの・・・。ちょっと待ってて。」
 一瞬、沈黙を置く。仲間と相談している間合いを取っているのだ。
 「あ、お待たせ。大丈夫、いけるわ。いまからすぐにこっちを出る。30分以内にはいけると思う。・・・、最上階のバーね。オッケー、じゃあとで。」
 軽い調子ののりだが、美咲にはいつものことだ。普段どおりで芝居になっている。
 美咲は冴子、良子と一瞬目を合わせてから、目の前のジントニックのグラスを一気に飲み干した。
 「じゃ、行きましょ。」
 三人は冴子の声に立ち上がった。

 指定されたホテル・オークラのメインバーには、先に冴子と良子が着く。念には念をいれて別々のタクシーを使ったのだ。ホテルのラウンジで美咲の到着を待ち、エレベータで最上階に上がるのを見届けてから、別のエレベータで後を追う。
 冴子と良子はエレベータの中で薄い色のサングラスに大きめの帽子をかぶる。都心の高級ホテルに合わせて、シックなドレスにも着替えてあった。
 最上階のバーの入り口で、冴子はサングラスの縁に美咲の目立つ派手なパールピンクのスーツ姿を夜景を見下ろせる窓際に見ながら、そこを見下ろせる屋内側の壁際へ席の案内を乞う。そちらの席からは、二人の様子が見下ろせる上に、医者は背中を見せるようになっている。

 二人の会話は弾んでいるようだった。嫌いな人間が出ている二次会を避ける為だけではなかったかのように、医者にも思わせる会話の弾み方だった。アルコールは元々弱いほうではない。医者の誘いに合わせて、何度かグラスを合わせ、二人してかなりのお代わりを重ねていた。
 二人の会話は止め処も無く続いていき、深夜のホテルのバーも次第に客は少なくなっていった。美咲が男に断って、化粧室に立つ。それを観て、良子も気づかれないように別の道から女性用化粧室へ急いだ。

 「大丈夫、美咲。だいぶ飲んでいるみたいだけど、無理しないで。」
 「大丈夫よ。まかせておいて。大分、口が軽くなってきているみたいだから。今に尻尾を出すわよ。やっぱり、彼、相当のチアガールフェチみたい。私がこの間持っていたユニフォームをさっき着て踊ってきたばかりって嘘ついたら、相当興奮してたもの。」
 「判った。じゃ、危険になりそうだったら、すぐに合図するのよ。」
 「オッケー。」

 良子が美咲の後を追って、化粧室へ立ってから、冴子はずっと男を監視していた。医者は予想通りの行動に出た。美咲が柱の向うへ消えたのを確認すると、素早く背広の内ポケットから何か粉の薬剤を取り出し、何食わぬ顔で美咲のグラスへ落としてかき混ぜたのだ。暫くして美咲が戻ってきた。
 それから暫く会話が続いていたようだが、次第に美咲の頭がふらふらしだすのが遠めにもはっきり判った。良子が(大丈夫?)と冴子に目配せする。冴子はその視線を制して待った。
 次に見た時は美咲は既にテーブルに突っ伏してしまっていた。

 男が静かにボーイに手を挙げて呼びつけ、何やら話した後、ぐったりしている美咲の肩を抱いて、歩き始めた。
 「行きましょう。」
 冴子は良子を促して立ち上がった。が、男には近づき過ぎないように気をつけている。
 「外に出たら、エレベータに乗る筈。貴方は、エレベータが閉まったら、すぐにその前に行って携帯で私に繋いで。そして、どの階で止まったかを私に報せて。」
 「わかったわ。」
 良子はレジで会計を済ませている冴子の声を聞きながら、視線は二人の後を追っていた。

 二人がエレベータに吸い込まれるように入ると、良子と冴子は走り出した。良子はエレベータの前へ、冴子は非常階段へ走っていく。
 「エレベータが降り始めたわ。34、・・・33、・・・あ、止まった。33階よ。」
 「了解。」それで携帯は切れた。


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