妄想小説
牝豚狩り
第五章 三箇月後
その2
(全国にどれだけのチアリーダーを抱えるスポーツ団体があるだろうか。)
ユニフォームの色や柄からでは特定は出来そうもなかった。着せられていたコスチュームが本物かどうかもわからない。今や、街のコスプレ専門店には、チアガールのコスチュームなど幾らでも売っているのだ。
(この被害者はまだ生きているのだろうか・・・。)
冴子は良子の話を思い出しながら、おそらく生きて帰されたのだろうと考えた。拉致、監禁、陵辱とした後に、殺害という犯罪まで冒すとすると、死体という証拠を残すことになり、発覚の危険性が高まることは犯人も重々承知の筈だ。
相手も判らず、監禁されたり陵辱されたりした場所も判らない状態で、自分の身体が弄ばれたことをわざわざ自分から警察に申し立てる人間が居るだろうか。よっぽどのことがなければ、そんなことをする者は居ないだろう。事実、冴子自身の時も、本当にそんなことがあったのか、すぐには信じて貰えなかったし、今でもどこまで本気に信じているか怪しいものもいる。
被害者の胸の中に事件のことは葬りさられてしまうのだ。だから、冴子には手掛かりが何一つ掴めないのだった。
このチアガール狩りに、冴子が突き止めた医者が関与していなかったかは実に怪しい。が、確たる証拠になるようなものはブログの中には見出せなかった。しかし、パソコンの画面そのものをデジカメで撮ってまで、チアガールの写真を残そうとした執着心は、このチアガールとの間で何かあったことを、限りなく濃く臭わせていた。少なくとも、あのチアガールの公募が写っているサイトの頁の写真は、振込み日に符牒している。チアガール狩りの成功者ではなかったかもしれないが、参加者の一人であった可能性は高いと思われた。
その日、良子は同僚だった親友の美咲を前に、話を切り出そうかまだ迷っていた。冴子が言ってきた案は、とても危険な気がした。自分が警察官としては身を引いているだけに、嘗ての同僚の警察官を危険に晒させるのは、気が引けることでもあった。が、美咲ならうまくこの役を果たしきれるという何故か妙な自信もあった。
冴子の人を見る目は鋭かった。少し話しただけで、その人間の性格、行動パターンなどを全て見通せる能力を持っているようだった。
誰にも心を開かなかった良子の心を打ち解けさせ、冴子が孤軍奮闘しているたった独りきりの捜査に協力させるように、うまく引き込まされていた。
良子も犯人は何としても捕まえたいと思った。暗い過去を思い出したくはなかったが、「次の新たな被害者を警察官として出してはならないのだ。」と冴子が決然とした表情で語るのをそばで見ると、何もしないで居るのは卑怯者に思われてくるのだった。
「何か、私に頼みごとがあるのね。」
察しのいい美咲は逡巡している良子の先を行くように、切り出した。
「あのね。嫌なら、嫌と最初に言ってほしいのよ。・・・、実は、・・・ある特殊な捜査に協力して貰いたいって人が居るの。女性の捜査官なの。」
冴子が切り出した作戦はこういうものだった。冴子が唯一掴んだ事件の関係者らしき生きた人物。塞がれた監視カメラの銀行口座に多額の振込みをしたことから足を掴んだ医師。その男に罠を仕掛けるというのだ。冴子自身も、良子も、嘗ては牝豚狩りの公開ビッドに顔が載ったことがあり、関係者たちからは顔が割れている。囮を仕掛けるには、誰か公開ビッドのサイトで面が割れていない人間が必要だったのだ。それも信頼でき、いざという時には頼りになる人間でなければならない。そして、さらには男を惹きつける魅了を持った女性という条件もあったのだ。
意外にも美咲は良子の話に乗ってきた。良子は完全にすべてを美咲には打ち明けられないでいた。が、察しのいい美咲は、冴子という特殊捜査官が追っている事件が良子にも関係していることを薄々気づいていた。捜査の協力を良子自身が引き受けるのではなく、親友の自分を頼ってきているということにもピンときていた。が、良子の弱弱しい性格も重々理解しているだけに、良子の受けているらしい傷には態と触れないようにしていた。
良子から聞いた冴子が立てた作戦の役柄は、美咲にはぴったりだった。(自分ならやれる。いや、自分にしかこんな役は出来ない。)美咲自身もそう感じていた。
作戦は、医者が通り掛けるのを態と待ち伏せ、思いがけずぶつかった振りをする。その時に荷物を道にばらけさせ、男に興味を持たせ、男に誘われるように仕向けるというのだ。そして、男から可能な限りの情報を引き出させるというものだった。
男はどうもチアガールフェチだということがわかっている。それなので、美咲が持っていく荷物は紙袋にいれたチアガールのユニフォームだという。それを男にぶつかって態と取り落とし、男の興味を惹くというのだった。
合コン好きの美咲は男の扱いには慣れている。チアガールフェチがどういうものかは経験がないが、美咲なら、そんなコスチュームを使わないでも男に誘わせる手管にも自信があった。
「やるわ。絶対、やる。私しか出来ないもの、そんなこと。」
美咲は自信たっぷりに言い放った。
次へ 先頭へ