妄想小説
牝豚狩り
第五章 三箇月後
その10
翌日になって、更にマスコミの失踪事件報道は沸騰した。スキャンダルスクープ記事を扱う写真週刊誌「ザ・スキャンダル」が、栗原瞳のものと称されるキスシーンの写真を報道したのだ。
写真は不鮮明な望遠レンズを通した写真であったが、誰の目にも栗原に見えた。車のフロントガラス越しに、後部座席で一人の男と顔をくっつけてこちらを向いている栗原の写真だった。目をつぶって上向きになり、将に今男からの接吻を待ち受けているようにしか見えない写真だった。男は後頭部を向けていて、誰かは判らない。判らないのは相手だけでなく、何時、何処で撮影されたものかは、触れられていない。ただ、「極、最近入手した、極最近の映像」とだけが素っ破抜き記事に触れられていて、それ以外の状況は「次号をご期待」とされて、曖昧な表現に終始していた。
報道は、不審な失踪事件から、一気に恋愛沙汰が関係した痴情話の噂へとシフトしていった。が、すべては憶測記事と推定コメントばかりで、事件の実態を告げる報道は何一つなされなかったのだった。
冴子は音声を消したテレビ受像機の画面、発行されたばかりのスキャンダル写真週刊誌、そしてパソコン画面を交互に繰り返し眺めていた。テレビ報道のほうは相変わらず憶測コメントのみで信憑性のある新事実は何も出てきていない。新規のニュースが発覚するまで観る価値がないと判断して、もうずっと前から音声は消してある。
スキャンダル週刊誌のほうは、出向いて調査する価値はないと踏んでいた。なんとなく曖昧にされた写真に添えられた記事からは、おそらく写真は犯人から匿名で提供されたものと踏んでいた。週刊誌と直接契約しているカメラマンによるものであるとすれば、撮影時期、撮影場所について、もう少し何か示唆するものがあってもおかしくない筈だった。次号の発売を促進させる為としても、事実を知っていれば、もう少し何か載る筈と思われたのだ。
だから、手掛かりを得られることが期待できるとすれば、週刊誌の発刊元ではなく、掲載された写真そのものしかないだろうと推理していたのだ。
そして、手掛かりは問題サイトであった。
問題サイトは次回の獲物が、栗原瞳を提供するものであることを限りなく匂わせるように構成されていた。が、確たる証拠はない。栗原瞳が実際に失踪したばかりであるという状況があるに過ぎない。
サイトに載せられる写真は日々少しずつ変わっていった。縄で括られた手首の写真は、指にテーピングがされていて、いかにもバレーボール選手のものであることを物語っていた。アジア予選の時の録画ビデオを取り寄せて観てみると、テーピングの位置は一致していた。
膝を保護するニーパッドを装着した脚だけの写真も挿入されていた。膝の下にある微かな痣の痕は、試合中の彼女の脛にも認められるように見えるが、画像はそこまで鮮明ではない。
顔の映っている最初の写真は、雑誌などから切り抜かれた過去の試合風景のものを加工したものであったが、以後の写真は本人を前にして撮られたものに違いなかった。が、これも観る者を焦らすかのように、そこはかとなく雰囲気を醸しだしてはいるものの、栗原本人と断言できるほどには鮮明でないように工夫されていた。
ビッド競売人は、「本当に栗原瞳本人かどうかは、ビッドを競り落とした貴方だけが知りうる権利を持つのです」と語りかけているかのようだった。
そして三日目に掲げられた写真は、本人であることを確認出来ないように、コントラストを異様に強調して加工されているいる点は変わっていなかったが、雑誌などに掲載された一般の報道写真ではないことを示すかのように嫌がって仰け反る女性の口元に無理やり押し付けられている異様な形の物体は、明らかに性玩具のバイブレータの先だった。
サイトの向こう側には、明らかに手足の自由を奪われて、嫌がるのを無理やり嬲られている女性が居る。そしてそれは限りなく栗原瞳らしいのだ。だが、今の冴子には何もすることが出来ない。
ビッドのサイトには、狩りに参加するビッド額を記入して送信する入力窓口が設けられている。そこへ冴子には想像もつかない額を書き込んでいる脂切った会員の目に見えない姿が冴子の脳裏をよぎる。
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