秘書電話4

妄想小説

牝豚狩り



第四章 冴子の捜査開始

  その9


 冴子はまた別の視点で何か見落としているものが無いか、考えてみる。自分が監禁されていた部屋を思い浮かべる。暗い窓のない部屋の壁。コンクリートは打ちっ放しだ。普通の部屋ではない。倉庫か、地下の貯蔵庫かなにかだろうか。頑丈な鉄製の檻の柵。
 (柵・・・、柵・・・、柵・・・。どうやってあんなものを入手するのだろう。)
 あんな檻用の柵がある場所を冴子は想像してみる。
 (刑務所、留置場。そんなところに一般人が関係出来る筈がない。檻・・・、そうだ、動物園。待てよ。動物園は何処からあんな檻を仕入れるのだろうか。そうだ、動物園に電話してみて、檻の製造、販売をしている業者を聞き出してみよう。)

檻

 冴子は檻の真中に据えられた水洗便器と、浴槽を思い浮かべていた。何も無い部屋のほぼ中央付近に据えられていた。明らかに後付けの工事で据えられたものだ。床を上下水配管が通っている筈なので、かなり大掛かりな工事だった筈だ。檻はおそらく便器、浴槽が据えられてから設置されているのだろう。施工者に怪しまれない為には、最初に床のコンクリートを壊し、先に配管工事だけ終えてしまい、その後、便器と浴槽を据え付けてから、床のコンクリート張りをし直したのだろう。配管工事と水回り、床の打ち直しは、夫々別の業者に頼めば、それほど怪しまれないだろう。檻の工事は基礎だけやっておいて、自分で最後にコンクリートで埋め込んだ可能性もある。
 (アジトの大体の地区さえわかれば、これらの業者から割り出せるかもしれない・・・。)
 しかし、首都圏の上下水回りの業者だけでも、星の数ほどいる。もう少し絞込みが出来なければ、すぐには使えない情報だった。

 捜査の糸口に詰まって、傍らのテレビを点けてみる。ちょうどニュース報道の時間帯で、連日世間で話題になっている、銀行ATM機に隠しカメラを取り付けて、暗証番号を盗み取る事件のことを繰り返し報道していた。
 冴子はまた、自分の事件の時の調査で、殺されたハンター達が首謀者と思しき相手との間で、銀行口座で金のやり取りをしていたことを思い出した。あの時判ったことは、首謀者は客となった連中に、客自身の名義で銀行口座を作らせ、それをカードと共に、犯人に渡していたということだ。そして客にその口座に金を振り込ませ、人目につかない場所に設置されたATM自動機で金を引き出していたのだ。調査報告によれば、引き出された時の防犯カメラの映像はすべて、カメラの前に目隠しのようなものが置かれて、何も映っていなかったという。どこまでも用意周到な犯人だった。

 しかし、その時、冴子の頭に別に閃いたものがあった。
 (あの首謀者に支払いをしたのは、殺されたあの時の三人以外にも居た筈ではないか。)
 冴子は、あの狩りを始める前の男の説明の中に、「今回の方は」とか、「XXさんは何回目なので」などという言葉があったことを思い出していた。
 あの時の捜査は、殺害された男達に関するものだったので、それ以上、同じような手口で振り込まれた金を引き出された者が居なかったかという調査まではされていないのだった。

 全国各地にあるATM機の日々の録画テープを虱潰しに調べるなどということは、相当な事件の大捜査部隊でもなければ、そうそう出来ることではない。冴子個人の力で調べることなど到底不可能だ。
 (しかし、今巷で起きている、隠し撮りカメラの設置事件と舞台がたまたま一緒なら・・・)
 冴子は一か八かの賭けのようなものだが、調べてみる価値はあると思った。

 パソコンの事件検索を辿り、この事件の捜査をしている捜査部隊の刑事の名前を引き出すことに成功した。面識はないが、老練な所轄の刑事だった。捜査本部に駆り出されているのだろう。

 「それで、その銀行のATM 機について、防犯カメラの映像はかなりの数チェックされたんですね。」
 「ああ、俺がじゃないがね。担当の鑑識官が手分けしてやったんだよ。しかし、犯人が隠しカメラを設置している現場の映像はちゃんと捕らえている。それが現捜査の最有力手掛かりさ。今、モンタージュとかいろいろ手を尽くしているところさ。」
 「どのくらいの数の防犯ビデオを観てるんでしょうか。」
 「さ、そりゃ膨大な量だろうさ。一つの特定銀行っていったって、都心にあるATM 機の数は半端じゃないからな。」
 「その防犯ビデオを観た鑑識官を教えていただけないでしょうか。」


 冴子は老練な刑事から訊き出した鑑識官の名簿リストを頼りに、今度は鑑識官のほうに連絡を取り始めた。
 「その時のテープの映像なんですが、何か変な特徴的なシーンは無かったでしょうか。突然カメラの前の視野が少しの間消えているとか。」
 数人の鑑識官へのインタビューの後、一人がヒットした。
 「ああ、そんなの、あったな。そりゃ、機械だから時には故障もあるだろうし、接触不良か何かなんだろう。」
 「そのテープ、まだそちらにありますか。・・・判りました。すぐに伺います。」
 返事を聞くや、待ちきれないという思いで、冴子は科学捜査研究所へ向かった。

 鑑識官はそのテープを探し出しておいて呉れた。この手の捜査のプロとなると、一度観た映像はどこで何時見たものか、頭にきちんと入っているものなのだ。
 「急に映像が消えて、そう、時間は5分も無かったかな。すぐにまた復帰したんだ。故障がよくすぐに復帰したなと思ったんだが。」
 若い鑑識官は、捜査用のプロが使う大型の再生機器にテープを掛けながら説明する。コマ送りしながら再生、編集が出来る、業務用のプロ機器である。
 「ええっと、ああ、ここ。この部分。」
 観ていると確かに、誰もいないところで、急に映像が切れて真っ暗になる。
 「直前に、自動扉が開いたような音が入っていますね。・・・それと真っ暗な間に操作をしているような電子音も聞こえる・・・。映像が消える瞬間をコマ送りして頂けませんか。」
 「ああ、いいよ。ええと、ほら、ここだ。」
 誰もいないATM 機が設置された小部屋が移っている。消える一瞬、横から何か黒い丸いものが近づいてきて、それがカメラの視野を次第に奪っていくのがわかる。一瞬のことだが、コマ送りをすると、何かでカメラが覆われているのが判る。
 冴子は鑑識官と顔を見合わせる。
 「おそらく、補虫網のようにして棒の先につけた黒い布か何かのカバーでカメラを隠しているんだろう。自動扉が開いたら、中に入らないで外から棒か何かで突き出して、カメラを蔽ってから中に入っていることが考えられるね。操作している間を撮られたくなかったんだろうな。しかし、この一連の隠しカメラの犯人ではないよ。このATM 機からは隠し撮りカメラは見つかっていないからね。」
 冴子は心の中で(ビンゴ!)と叫んでいた。鑑識官から、ATM 機の場所とカメラが隠された正確な時間を教えて貰いメモに取る。後は、しかるべき筋を通して、銀行に問い合わせ、その時間、その場所から誰の口座が引き落とされたかを調べるだけでいいのだ。冴子には特殊捜査の特権があった。


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