妄想小説
牝豚狩り
第四章 冴子の捜査開始
その5
美咲からメモされた良子の帰郷先を手に、すぐさま冴子は列車に乗った。行き先は静岡の海岸線沿いにある、今は寂びれた寒村の漁港である。
冴子は先に電話をしておいて、誰も居ない浜で逢うとだけ告げておいた。家には当然踏み込まれたくないだろうとの配慮の元である。案の定、浜でふたりだけでというと、安心したかのように出て行くと答えが返ってきたのだった。
遠くから歩いてくる姿で、すぐに良子だと冴子には直観出来た。冴子には直感的に人を見極める訓練が出来ている。
「国仲・・、良子さん・・・ですよね。わたしは一条冴子といいます。」
「本庁の方・・・?」
「え、まあそうです。・・・。」
冴子はすぐ話を切り出していいかどうか窺うように良子の顔色を見ている。由紀のほうは、冴子の目を見ないようにしているかのように、遠くの水平線に視線を向けていた。
「国仲さん。・・・貴方、山歩きは好きかしら。誰も居ないような山奥の自然の中。」
突然、ずばっと確信に近いところを態と突いてみた。少しずつ攻めていって、身を守ろうと殻を閉じてしまったら、何も答えてくれないかもしれない。その前に、冴子としては、自分の勘に確信を持っておきたかったのだ。
明らかに良子の表情に異変が起きた。表情が変わったという言葉では片付けられない変化があったのだ。握った拳の手がぶるぶる震えているのが判る。冴子は思いの他、手応えがあったのを感じ取っていた。
「ど、どうしてそんなことを、突然に・・・。」
黙っているのを不審に思われたくないかのように、やっとのことで鉛でも飲み込むような調子でそう良子は答えた。
「いいの、まだ今は。無理して答えないで。じっくり話しましょう。そうだ、これから時間取れないかしら。一日とか。何か仕事とかしてらっしゃる。」
冴子には良子が仕事をしているようには見えなかった。突然訊いたのも、嘘を考える間を与えない為だ。
「え、いえ別に。特には・・・。でも・・・。」
「そう、じゃあこうしましょう。ここからちょっと離れたところだけど、私がよく知っている温泉があるの。そこへ今から行きましょう。仕事、辞めたばかりで、家にも居づらいこともあるでしょ。たまには、温泉で息抜きして、何もかも忘れるのもいいことよ。」
冴子は良子に考える暇を与えないように、矢継ぎ早に喋った。
(家に居づらい)というのは殺し文句だった。突然、仕事を辞め、結婚するのも止めて実家に帰って、仕事もしない、何があったかも説明しないでは、居心地がいい筈がない。冴子は暗に、逃げ場を提供したのだ。
「私のことは安心して。家には、昔の警察仲間が訪ねてきたので、つもる話もあるから、ちょっと温泉でゆっくり話しをしてくることにしたって言えばいいから。車を借りて来ているの。すぐそこよ。まあ、こんなところじゃ、何だから、まずは出かけてゆっくりしてからにしましょう。」
ぐいぐい引っ張られるようにして、良子はつい(いいえ)というのを言いそびれてしまった。何を聞かれようとしているのかはまだ判らなかったが、下手に話しをすると、言ってはならないことまで喋ってしまいそうで心配だったのだ。だが、冴子という捜査官の誘いを上手く断る理由を見つけることが出来なかったのだ。
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