秘書電話4

妄想小説

牝豚狩り



第四章 冴子の捜査開始

  その6


 冴子は駅でレンタカーを借りていた。スポーツカーではないが、小型のスポーティーなクーペだった。公務で地方に出た時にはレンタカーを借りて調査に使うことも多かった。初めから自分の車で出るのでは、却って身軽には行動出来ないこともあるのだ。その場、その場で臨機応変に機敏に行動を変えなければならないことも多い。レンタカーなら行けるところまではすぐ行けるし、行けないと判断したら、すぐに乗り捨てられる。立場上、レンタカーの乗り捨てなどは後処理で何とでもなるのだ。

 10分後には、良子は運転する冴子の隣の助手席に座っていた。家には、冴子の携帯電話でさっき車から掛けたばかりである。ちょっと一泊だけしてくると伝えておいた。冴子に言われたとおり、警察時代の古い友人ということにしてあった。

 冴子が目指したのは、要人の警護で一度だけ使ったことのある老舗の温泉旅館である。辺りの人家から離れているので、周りに気を使わないで済むし、高級旅館なので、何かと無理が利く。完全なる公務ではないが、経費としては認めてくれるだろう。特別な捜査官なので、警察の中でも無理が利くのだ。何よりもあまりその存在を知られていないおかげで、一般的な公務員としての監督からは自由だった。

 旅館に入ってからは、殆ど良子と口は利いていなかった。女将には、内密でゆっくり出来る部屋をと頼んであった。VIPの警護に来た冴子のことを女将もよく覚えていた。こういう高級旅館の女将は、VIPの関係者の顔をよく覚えていないようでは勤まらないのだ。

 奥の二間続きの部屋へ案内されると、すぐに冴子は良子を風呂に誘った。貸切の半露天風呂だ。渓流を見下ろす建物の奥にあって、潜り戸を通ってから、中庭を飛び石を伝って暫く歩いた奥である。誰からも見られないし、聞かれることもない風情を強調している。要人達の秘密の会合にはうってつけの場所と言えた。

 良子は最初、冴子と一緒に裸になって露天風呂に入るのを躊躇っていたが、一旦湯に浸かってしまうと、気持ちが随分落ち着いてきたようだった。冴子は良子に近づき過ぎず、遠くなり過ぎず適度の距離を保って湯に浸かっていた。良子は冴子の意図を図りかねて、ときどき盗み見るように、冴子のほうを覗っていた。同じ警察官という範疇にはあったのだが、特殊な任務の為に普段鍛え抜かれている冴子の締まった肉体と、自分のノルマでお付き合い程度に行っている武道訓練による体つきでは、大きな開きがあった。良子は冴子のような鍛えられた身体を持ちたいと考えたことはなかったが、あの時、もし自分に冴子ほどの運動能力があったならと、どうしても考えてしまうのだった。
 (訊きたいことが幾つかあるということで訪ねてくると美咲は言っていた。しかし、今までまだ殆ど質問らしい質問はしてきていない。最初の質問は「山歩きは好きか。」というものだった。そして自分の反応を観ていた。間違いなく、あの事を訊きにきたのだ・・・。)

 冴子のほうも、時折、良子の様子を盗み見ながら、良子の気持ちが落ち着くのを待っていた。最初はおどおどしていた良子が、湯に浸かって落ち着きを見せてきたのを観て取って、期は熟したと判断した。
 冴子は良子を驚かせないように、ゆっくり立ち上がり、両手を左右に少し開いて、素っ裸の身体を良子に顕わにした。

220温泉全裸冴子

 良子は何事かと、冴子の全裸の姿を目を丸くして見つめる。観てはいけないと思いながら、つい叢に覆われた恥部も観てしまう。腰が綺麗にくびれ、締まった身体つきだが、女らしさも兼ね揃えている。
 「裸の私の身体を観て。別にスタイルを自慢しているのではないのよ。こう裸になって何も付けないでいると、貴方と同じなの。何も変わりはしないわ。」
 良子はちらっと湯の中に浸かっている自分の裸の乳房に視線を落とす。胸は多少の自信もあり自慢でもある。冴子よりは少し豊かかもしれない。
 「女なんて、裸に剥かれてしまえば、誰も同じ。無防備なものよ。」
 冴子はくるりと向きを変え、良子に裸の背中と尻を見せる。それから左右に開いた両腕を背中で交差させる。
 「私も裸にされ、こうして手を後ろ手に手錠で拘束されて、山に放されたの。抵抗なんて出来ないと思った。最初はただひたすら走って逃げ回った。」

 良子は耳を疑った。(わたしも・・・・)確かにそう聞こえた。良子の脳裏にあの思い出したくない記憶が蘇える。そして、その記憶に今、目の前の冴子の肉体を重ね合わせていた。
 「最後まで諦めなかった。・・・それで、何とか逃げおおせたの。犯されかけたけどね。」
 「私と、・・・わたしと同じ目に遭ったというの。」
 「・・・、そうよ。多分。・・・まだ正確には貴方に何が起こったのかは知らないわ。ただ、そうじゃないかと予感したの。」
 「・・・・。」
 良子はどうしたものかと考え込んでいる。その考えを邪魔しないように、冴子はゆっくりと続けた。
 「私が拉致されて、監禁された後、山に放されたのは、今から一月前のこと。かろうじて逃げ切って、すぐに同僚の特殊捜査官たちに応援を頼んだわ。だけど、山から降りて電話をしている間に、手錠で繋いでおいた重要な証人の三人のハンター達は皆殺されてしまっていたの。武器などの証拠品もすべて持ち去られていたわ。」
 冴子はあの時の口惜しさを思い出していた。

 「絶対に追い詰めて捕まえてやると決心したの。でも、全くと言っていいぐらい手掛かりは無かった。殺された、被害者と言っていいのか、あの犯罪の加担者でもあった三人の身内達は、何が発覚するかと怖れて、それ以上の捜査を望まなかった。捜査を続けようと思っていたのは、未遂に終った被害者の私だけ。でも、未遂なの。・・・何の未遂かも正確には言えない。だって、未遂なんですもの。・・・でも、何でもあり得た。暴行、陵辱、強姦、そして、殺害・・・。」

 良子は聞きながら、自分の身に起きたことをずっと思い返していた。思い出したくないあの出来事のことを。

 「わたしが貴方のことを捜し求めていた理由はもう判ってもらえたと思うわ。これ以上の捜査の為には、どうしても同じ犯罪の被害者の証言が必要なの。何等かの手掛かり。そして、同じ犯人を捕まえたいという賛同。・・・私の話だけでは、同情はしてくれるものの、皆、本当にそんな事があったのかという疑いの眼差しは何処かに潜んでいるの。」
 そこまで話し終えると、冴子は口をつぐんだ。そして、じっと良子の目を見つめる。
 良子は促されるでもなく、冴子と同じようにゆっくり立ち上がった。両手を左右に開いて恥部も隠さない。
 (そうなのだ。所詮、女なんて、裸に剥かれてしまえば、大して変わりはしない。多少の運動能力の違いがあったところで、手錠で自由を奪われてしまえば、男達の前には所詮、無力なのだ。)


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