秘書電話4

妄想小説

牝豚狩り



第四章 冴子の捜査開始

  その4


 冴子のほうは、内田由紀については、もう何も手掛かりがつかめず、個人捜査は頓挫状態にあったので、別のアプローチを試みることにした。
 冴子には、直観で、狙われた警察官は内田由紀と自分だけであるとは思えなかった。そして、その誰かが必ずしも殺されているとは思われないでいた。一般民間人の場合は、失踪してその後行方不明になってしまってもお蔵入りになってそれっきりということはないとは言えない。
 しかし、警察官であれば、何も記録が残らないということはあり得ない。冴子が調べた限りでは、失踪し、殺害されて見つかった現職女性警察官というのは、内田由紀の例ただ一件だけだった。幾ら捜査は民間人の事件を優先するといっても、失踪して行方不明のままを放っておくということは考えられないことである。
 今度は観点を変えて、無断欠勤を調査することにした。これはさすがに件数は少ない。大抵は不慮の事故に巻き込まれて、それでも数日後には皆職場復帰している。
 一件だけ、冴子の目に不審に見つかった事例があった。それが国仲良子であった。

 記録上は、無断欠勤となっていたが、後でそれが取り消されている。
 (何か事情がありそうだ。)
 冴子にはピンとくるものがあった。
 照会してみると、既に退職していた。結婚による寿退署とのことだった。それだけでは納得出来ないものを感じた冴子は、所轄に連絡を取り、当時の同僚の話を聞いてみることにした。その相手が美咲だったのだ。

 あの忌まわしい事件があった後、良子は婚約相手の沢木とは次第に上手く行かなくなっていったのだった。その最も大きな原因となったのが、良子本人の男性恐怖症だった。あの時の恐ろしい記憶は、完全にP・T・S・D(外傷後ストレス性障害)となって、良子の脳裏に焼き付いてしまっていた。それが原因でどうしても沢木と二人っきりになれないでいたのだ。

 良子は結婚するので退職すると、もう既に職場じゅうに話してしまっていた。事実、そうなる予定だったのだ。が、正式に沢木のほうからそれを撤回する旨を告げられ、その原因が良子の側にあるだけに、受け入れるしかなかったのだ。
 良子は結婚はしないが、退職はするつもりでいた。これ以上、職務には耐えられない気がしたのだ。郷里に帰って暫くは静かに暮らしてみたいと思った。職場には結婚してやめたと思わせておけばいい。良子は親友の美咲にだけはそれを告げ、内密にしておいてくれるように頼み込んだのだった。

 冴子から面会を申し込まれた美咲は、どこまで話したものか迷っていた。結婚の破談のことを内密にしておくのは親友同士の約束であった。
 それとなく、話を避けて話さずに済んだらそれでおしまいにしてしまおうと考えていた。

 面会したのは、署を避けての外の喫茶店で、非番の時に会うことにした。詳細は事前には聞かされていなかったが、冴子が美咲に訊いてきたのは、意外にも無断欠勤になりかけていたあの空白の4日間のことだった。
 空白とは言っても、あの時は後から良子からの携帯メールを貰って、署に急な用で有給休暇を取ることになったというのを届けていないことを知り、代わって届けを出していたのだった。だから無断欠勤は取り消されている筈だった。

 冴子はその間に、良子から受けた連絡の内容を事細かに聞きたがっていた。しかし、実際に良子が貰っていたのは、ミニパトのワイパーブレードに挟んであった一枚の走り書きのメモと、これから電車に乗ると言ってすぐに切れた電話と、一通きりの携帯メールだけだった。
 その最後の携帯メールには確か、(電池の充電器を持ってくるのを忘れたので暫く連絡出来ないかもしれない)とあったのを記憶している。事実、その後、何度掛けてみても、電源が入っていないというメッセージの回答しかなかったのだ。

 美咲の説明に、冴子は「やっぱりね。」とだけ返したのだった。美咲は訳が判らずに不審そうに冴子のほうを見る。
 「それで、良子さんは今何処に。」
 「ああ、郷里に帰っていると思いますけど。」
 「え、都心で結婚したのに、郷里に引っ込んでいるの。」
 正直、美咲は(しまった)と慌て、それが表情に出てしまっていた。(郷里の人とお見合いをしたらしいから)と嘘をつけなくもなかったが、冴子は美咲の表情の変化を見逃してなかった。
 「実は、結婚は破談になったんです。これは、良子から口止めされていて、職場の誰にも言ってないことなのですけれど・・・。」
 美咲は言い訳するように首をすくめながら冴子に正直に言った。
 「ふうん、そう。」
 冴子はこれも、(そうだろうと思った)というような顔で受け入れていた。
 「それじゃ、良子さんの帰省先、教えて下さる。」


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