秘書電話4

妄想小説

牝豚狩り



第四章 冴子の捜査開始

  その7


 冴子は良子を促して湯を出た。二人で黙って旅館の浴衣に着替えると、部屋へ戻った。冴子がフロントに電話を掛け、暫く部屋には誰も寄越さないように頼んだ。
 「見せたいものがあるの。」そう言って、良子を渓流が見下ろせる窓際の、縁側のソファへ誘った。
 真正面に良子が座ると、冴子は早速持ってきた封筒から写真を取り出す。一人の女性警察官が制服のまま、倒れている写真だ。すぐに気づくのは横腹のどす黒い染みと、妙に顕わにされた白い太腿だ。唇が紫色がかっていることから、死後一日程度は経っていることが、仕事柄、良子にもすぐに判った。
 「内田由紀、26歳。横浜管区保土ヶ谷署の巡査。彼女の肩書きはそれだけじゃなくて、全日本警察官武道選手権の女子空手部門優勝者、そしてアジア大会日本代表、だった筈と言ったほうがいいかもしれないわね。少なくとも死体で発見される前までは。」
 「この・・・人が、いったい・・・。」
 「何か手掛かりが掴みたくて、未解決事件簿を検索していて見つけたの。キーワードは現職女性警察官、そして失踪。」
 良子の胸の中で何かが(どきん)と鳴った。(自分もそうして検索されたのだろうか。)
 「ああ、貴方の場合は、無断欠勤で検索したの。記録上は取り消されていたけれどね。その話は後回しにしましょう。内田由紀は、四箇月前の全日本選手権大会の後、アジア選手権に出場する為に自宅を出た直後、姿を消したの。そして発見されたのは行方不明になってから五日目のこと。発見されたのは、鶴見埠頭の廃屋になっていた元倉庫。死因は、腹部刺傷による大量出血。遺体の特徴としては、全身の軽い擦過傷、体液、男性精液だけど・・・、それが身体や衣服から数箇所付着しているのが確認、しかし、膣内は外傷はあるものの精液検出はされず。」
 出来るだけ淡々と話したつもりだ。それでも、目の前の良子の顔が曇ってゆくのが判る。
 「何となくピンときたの。自分以外に同じ目に遭った被害者ではなかろうか。でも、物証は全く無し。同じなのは、行方不明の期間があったことと、現職警察官であること、そして武道に長けていること。ただそれだけ。」
 食い入る様に一枚の写真を見つめている良子だった。冴子は良子が口を開くのを待った。

 「私もそうに違いないと思います。」
 冴子の目がきらりと輝いた。
 「このスカートです。捲られて、太腿が露出しているように見えますが、明らかに短く仕立て直されています。」
 冴子は良子から一旦、写真を受け取り、改めてまじまじと写真の制服を見つめなおす。
 「私は普段からこれと同じものを着ていましたからよく判ります。それと、・・・・。」
 良子の言葉が止まった。次の言葉を躊躇し、やめたものかと思案しているようだった。ふと見上げた怯えるような目つきが、冴子の鋭い決意の目に後押しされたようだった。
 「私も同じことをされたのです。・・・監禁されて、着ていた制服を奪われました。その間にスカート丈が縮められていたのです。この位の股下がぎりぎりに見えそうになるぐらい短いものでした。そのスカートを穿かされて、山へ連れ出されたのです。」
 確証とは言えないが、傍証にはなる程度の物証だ。殆ど初めてと言っていいくらいにやっと見つかった物証のひとつとも言えた。
 「それと、・・・。監禁されていた時に・・・、わたしも、武道の腕を試されたのです。」
 これは、冴子には衝撃的な発言だった。やはりそうだったのだ。自分があの男に捕獲されたのは、その前に痴漢退治をした現場を見られたせいではないかと思っていた。内田由紀の場合には、決勝大会を、あるいは予選の段階から見られていたのではないか。そしておそらく、国仲良子の場合には、事前に判っていなかったので、試されたということなのではないだろうか。

 それから、ぽつぽつとではあるが、良子は自分の身の上に起きたことを、詳細に語り始めた。仲のいい同僚の美咲とパトロールに出ていて、一人になった時に、あの男に出遭ってしまったこと。その時暴行を受け、縛られて何処か男の家らしきところに運ばれたこと。捜索をさせない工作をさせられたこと。部屋に繋がれ三日に渡って監禁されたこと。そして最後に制服を着せられ、後ろ手に手錠を掛けたまま放され、三人のハンターに追われたことなどを冴子に質問を受けながら、訥々とではあるが、語っていったのだった。
 良子の体験の告白は、冴子にとって、様々な意味で貴重であった。ややもすると、あれは夢の中の出来事であったのではないかと思いたくなる気持ちを、実際にあった犯罪行為であったと確信を与えるものとなった。
 偶々のことかもしれないと思われた幾つもの事が、周到に練られた計画の上であったことを予感させた。監禁していたのは最初に出遭った男であること、監禁されている間、食事や身の回りの面倒を見たのが無口な女性であったこと。監禁はほぼ三日間で、狩りは4日目に為されていること。狩りの日に連行する役目を果たしたのが三人の男で最初の男の手下らしいこと、狩りは三人の客によって為されたことなどだ。
 違っていたことも幾つかあって、それも大事なことを示唆しているように思われた。ひとつは監禁された部屋の様子。どうも、監禁されていたのは、冴子の時と、良子の時とでは明らかに異なっている。
 勿論、良子と冴子では訓練の程度が違い、武道の腕も相当異なる為に、違いが出た点もある。冴子の時は体力を弱める為に一晩首で吊られて立たされたが、良子にはそこまでしていない。冴子は手錠を三重に嵌められ、前手錠に出来ないように、首輪と繋がれたが、良子はそこまでされていない。
 聞き出しにくいことだったが、確かめねばならない事もあった。最後にどうなったのかという点についてだった。
 冴子には良子が自力で逃げおおせたとは思えなかった。自分の時も九死に一生を得たようなものだった。生きて帰れるとは思っていなかった。勿論、武道の腕に合わせて、客のレベルを選んだかもしれない。しかし、あんな窮地に追いやられて、そうそう逃げおおせるものとは考えられなかった。直感的に、最後には捕まったのだろうと冴子には思われた。
 「話したくないことだとは思うのだけれど、狩りの最後にどうなったのか教えてくれる。・・・一番触れたくないことだとは思うのだけれど、これから先に起こるかもしれない同じような事件を予測するのに、どうしても必要な情報なの、判って。」

 良子は暫く考え込んでいた。が、(同じ犠牲者をこれ以上出さない為)という冴子の言葉に動かされたようだった。冴子がそこまではと思っていたところまで正直に、詳細に、自分が受けた陵辱の様子を客観的に淡々と話した。
 やはり、最後は捕まって陵辱の限りを尽くされたことを冴子は知った。犯されただけでなく、鞭で打たれながら放尿を強要されたこと、そして相手が放尿するのを口に入れさせられたことなどを良子が自分の口から語るのは、冴子の胸を痛めた。
 奴等が良子を解放したやり方は、狡猾なものだった。被害を受けたことの証拠を何ひとつ残さない。そして被害者自身が口を噤めば、誰にも発覚しないような状況設定をした上で、解放したのだ。それは良子の性格を見抜いた上でのことだったことは想像に難くない。
 冴子は自分が最後に捕まっていたらと、想像してみる。おそらく自分から口を噤むことはない代わりに、生きても帰れなかっただろう。内田由紀が生きて帰れなかったように・・・。

080出口の遠いトンネル

 冴子は良子に使われた場所と冴子に使われた場所が同じであるかどうかも確かめたかった。もし同じであれば、犯行を特定するのに、重要な手掛かりとなる。冴子の時の場所はそこから冴子が逃げ出しおおせた為に特定出来ている。世の中に公表されていないだけのことだ。
 冴子は特殊捜査部隊によって撮影された現場の写真を数枚持ってきていた。ある意味、どこにでもある山野としか見えない景色ではあったが、何か見覚えのあるものがないかを期待したのだ。一番特徴的な写真は、薄気味の悪い長いトンネルだ。深い尾根の背の下に掘られた明かりのない長いトンネルだった。冴子でさえ、あの場所が記憶にこびり付いて離れない。
 しかし、そのトンネルは良子には見覚えがなかった。良子は行きも帰りも奴等に連行されている。トンネルを通る時は、どちらも目隠しされていたかもしれなかった。他の写真では特徴的な物は見当たらず、そうとも違うとも言い切れなかった。
 その場所を実際に訪れてみるのが一番手っ取り早いのだが、さすがに良子もそれは拒んだ。恐怖が蘇えるのに顔を引攣せながら、「少なくとも今はまだ・・・。」とだけ漸く言ったのだった。
 冴子は無理強いはしなかった。(同じかどうかは今はまだ決定的な決め手ではない。少なくとも今はまだ・・・。)

 冴子はその日は良子と共に温泉旅館で一夜を明かし、翌日良子を実家の近くまで送って別れたのだった。冴子には、まだ良子の出番はすぐには訪れないだろうと思っていた。しかし、いずれは犯人を見つけ出した後、一緒に訴えをしてもらう必要を感じていた。そこまでの約束はまだ交わしてはいなかったが、何か思いついたことがあれば協力するという申し出までは貰っていた。


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