降参

妄想小説

牝豚狩り



第二章 半年前

  その9


 「撃たないで。もう、逃げません。」
 後ろ手のまま、良子は立ち上がって、岩の陰から男の前へ進み出た。手が自由なら両手を掲げて降伏の意思表示をしたところだ。咄嗟に男はライフルを良子に向けて構えた。良子は銃を向けられてびくっとする。良子は背を見せて、手錠に拘束されたままであることを示す。
 「撃たないで。何も抵抗できません。逃げもしません。」
 男はそれでも信用できないとばかりに、ぴたりと銃口を良子に向け、近づきすぎないようにしながらもゆっくり良子の射程距離まで近づいてくる。良子は撃たれては適わないと、降伏する意思をよりはっきり見せるために、その場に膝をついた。男は膝をついてがっくり頭を垂れている良子の周りを、銃口を向けたままゆっくりと廻っていく。そして、良子の背後にきてから、腰のロープを外した。
 「動くなよ。動いたらぶっ放すぞ。」
 良子にはエアガンの衝撃がどれほどのものか知らなかった。知らないだけに恐怖が募った。最初に狩りが始まる時に、サングラスの男が(殺傷能力が・・・)どうのこうのと言っていたような気がしていたが、意味が良く判らなかったのだ。
 男は、良子から見えない背後で、腰から外した縄で、引き解け結びで輪を作った。その輪を少し大きくして、良子の身体に向けて投げた。うまく一回で良子の身体に係ったので、首に輪が掛かるようにそろそろっと引き絞る。首に掛けられた縄が苦しくて良子は思わず、男のほうを振り返る。
 男はさっとそばの樹の枝に縄の端を投げ上げ、枝を通して良子の首を吊るように引っ張り始めた。良子は縄で引かれるままに、樹の下まで導かれる。
 男は良子を樹の袂に引き寄せると、首がぎりぎり絞まらない程度に縄を少しだけ緩めてから、そばの他の樹の幹に繋ぐ。これで、良子は身動きが出来なくなった。動けば、首が絞まってしまうのだ。良子の動きをそうして拘束してからやっと、男は安心したかのように、ライフルの銃口を下げた。

 良子は哀れみを乞うような目つきで男のほうを見る。男はまだ警戒している目つきで良子の様子を少し離れて窺っていた。
 「俺を騙そうったって、そうは行かないぞ。そうだ。脚の自由も奪っておこう。」
 そう言うと、男はもう一束のロープを背負ったリュックから取り出す。同じように引き解け結びで輪を作ると良子の足元に投げ込み、片足を突っ込むように命じる。
 良子が足首をその輪に入れると、縄を引いて足首に巻きつかせ、その縄をそっと引きながら良子の背後に廻る。良子の首を吊っている樹をぐるっと一周してから、ロープの反対の端にもう一度輪を作りもう一方の足をその中へ入れさせる。
 良子は樹を背にして両方の足首をも繋がれてしまった。これで完全に何も抵抗出来ない。動けば首が絞まるし、脚を上げることも出来ない。
 それで、やっと男は少し安心したようだった。やっと良子のすぐ傍までやってきた。良子は顎をしゃくられた。男の手が乱暴に良子の乳房を鷲掴みにする。良子にはされるままになっている他はない。もう一方の手がスカートの上から股間をまさぐる。良子にはどうすることも出来ないので、黙って唇を噛んでただ堪えている。
 (自分から、降伏して捕えられたのだ。男がしたいだけさせるしかない。)
 良子は観念して、じっと堪えることにした。
 が、男は良子が抵抗しようと暴れないことを観てとると、手を放した。

 「何も抵抗しないのか。」
 良子は男をみて、一瞬、唖然とした。
 「だって、何も出来ないじゃないの。私は身動き出来なくされているのよ。」
 男は少し後ろに下がって、やがて良子をみつめたまま腰をおろした。
 「捕まえてみると、案外つまらないものだな。現役の警察官っていうから、もう少しはスリルがあると思ったのにな。」
 良子があまりに簡単に捕まったことに不満そうだった。
 「ねえ、どうしてこんなことしてるの。女を狩りの獲物にするなんて、酷いことだと思わないの。こんなことしてて捕まったら、どういうことになると思っているの。」
 良子は必死で男に話しかけた。
 「貴方達、とんでもないことをしているのよ。人間が人間を狩りするなんて、そんなこと許されないのよ。ねえ、気づいて。そんなことをしていては駄目よ。」
 「うるさい。黙れ。」
 男が一喝したので、一瞬、良子は怯んだ。

 「わ、私をこれからどうするの・・・。陵辱しようっていうのね。」
 男は訝しげに良子の顔を見上げた。
 「なんだ、犯して貰いたかったのか。」
 そう言うと、男は右手の人差し指と中指を揃えて突き立て、良子にかざしてみせる。良子はそれを身体に突き立てられるのを想像して身震いした。
 「そんな訳ないじゃないの。男が女を縛って、抵抗出来なくさせたら、あとはそうするんじゃないかって思っただけよ。違うの・・・。」
 「男って、何でもいっしょくたにするなよ。俺は犯したりはしない。今はな・・・、少なくとも。」
 「そ、そうなの。安心していいの。」
 「俺は、あいつ等とは違うからな。」 
 「えっ、あいつ等って。もう二人のハンター達のこと・・・。」
 「お前、あいつ等に先に捕まらなくて、ラッキーだったな。往きの車で聞いたんだが、一人の奴は、アナルとスカトロが趣味だっていってたからな。捕まえたら、一番に尻の穴を責めるんだって言ってたぜ。もう一人、あれは完全なサディストらしいな。とにかく女を裸にして鞭を使うのがたまらないらしい。」
 良子は恐怖に背筋が凍りつくのを感じた。(今のような何も抵抗出来ない状態で、そんな男達を前にしていたら、どんなことになっていたというのだろう。)良子は安易に投降したことを後悔していた。
 「あ、あなたは・・・。貴方はそうじゃないのよね。」
 半分願うような気持ちで良子はそっと言った。
 「さあ、どうかな・・・。まあ、あんな奴等とは一緒にはされたくないのは確かだが。・・・俺は純粋に狩りがしたいんだ。その為にわざわざ大枚はたいたんだからな。」
 「大枚って・・・。人間の狩りをするのに、お金を払っているっていうこと。お金を払ってまで、女を獲物にして、追い掛け回したいっていうの・・・。」
 男は、不思議なものでも見るような目つきで良子のほうを見返す。良子は言ってしまってから、男を怒らせてはいけないのだと初めて気づく。
 「ねえ、私はゲームが終ったらどうなるの。」
 「さて、どうするかな。うまく、最初の地点までお前を引っ張っていくことが出来たら、俺の物になって俺の自由っていう訳だけど・・・。その先はまだ考えてないからな。あいつ等は、奴隷として監禁して、毎日、慰み者にして愉しむんだって言ってたけど、俺は別に女を飼いたい訳じゃないからな。・・・・あいつらに呉れてやってもいいんだけどな。どうする・・・。」
 「や、やめて。そんなこと。わ、わたしを助けて・・・。奴隷になるのも、慰みものになるのも嫌っ。絶対に嫌だわ・・・。」
 良子は、監禁されていた三日間のことを思い出す。裸で鎖に繋がれて、排泄まで惨めに他人の前でしなければならないのだ。更には、今度は確実に犯され陵辱されまくるのだろう。

 「俺は、純粋に狩りがしたいだけなんだ。女狩りがね。だけど、こんなに簡単に捕まっちゃったんじゃ、面白みもないけどな。」
 「あなたは、狩りがしたいの。狩りをするのが楽しいの・・・。」
 「そうだけど。何がいけないって、言うのさ。」
 「捕まえてから、何かをしたいんじゃなくて、捕まえること自体が楽しいのね。」
 「そうさ、魚釣りで言えば、キャッチ&リリースってやつさ。」
 「キャッチ&リリース?」
 (人間を・・・、生身の女を、こいつは魚か虫のようにしか観ていないのだ・・・。)
 良子はこみ上げてくる怒りと憎しみを、表情に顕わしてしまっていないか不安になる。
 「どうして、すぐに私をスタート地点に引っ張っていかないの。」
 男は再び、不審な顔をする。
「どうやって、安全に運ぶかを考えているんだよ。どうせ、隙を見せるのを淡々と狙っているんだろ。向こうへ運ぶまで、確実に逃げられないようにしなくちゃならないからな。ゲームは無事向こうまで辿り着いて終わりなんだ。」
 良子は考えた。(この男は慎重というよりは臆病なのではないかしら。)何とか、策を考えなければと思った。
 「ねえ、貴方は私を手に入れることが目的じゃなくて、狩りをすることなんでしょ。だったら、私と戦ってみたら。まだ、貴方は私と戦ってないじゃない。それじゃ、狩りとは言えないでしょ・・・。」
 男の目がキラリと光った。良子は、想像以上の男の反応に、手応えを感じた。
 「わたし、簡単に投降しちゃったけど、最後まで諦めないで逃げて、捕まらないように抵抗すべきだったのね。だって、狩りなんだから。」
 男は不審そうに良子の目を見つめている。が、(戦ってみる)という考えにどんどん捉われているのが手に取るように判る。
 「このまま、何も戦わずに連れ帰ったって、あなたには詰まらないだけなんでしょ。いいわよ。真剣勝負してあげる。貴方が本当に私を捕まえられるか、やってあげる。」

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