妄想小説
恥辱秘書
第八章 書庫室への罠
五
暫く座って待っていると、晴江はおおきなプラスチックのボトルに吸い差しのような飲み口のついた容器にいっぱい入った水薬を持ってきた。
「これ、なるべく短い時間で一気に全部飲んでくださいね。ゆっくり呑むと効き目が弱まりますので。」
「えっ、今ここで呑むんですか。」
「そうですよ。今すぐ飲まないと効果ないし、・・・。ちょっと多いけど、仕方ないので。」
看護婦は努めて平静を装っている風だった。患者が恥ずかしがるのを気遣っているのだろうと美紀は勝手に解釈していた。本当は騙しているのがばれないかと心配なのを悟られない為なのだったのだが。
初めて目にする薬と容器だった。ハンバーガー屋のシェーキを医薬用にしたような容器だった。呑み口がストローのようになっているのは、まさか自分の手が自由でないのを知っているのではないだろうかと一瞬考えた美紀だったが、そこまで冷静に考えるゆとりもなかった。
短いスカートの看護婦が衝立の向こうに消えるのを待って、その容器の吸い口に口をつける。何の味もしない液体だったが、なんとも飲みにくかった。1リットルはあったろうか、それでも看護婦の指示を何も疑わず、一気に飲み込んだ。まさか、それが芳賀に指図された強力な利尿剤を水で溶いたものだとは思いもしない。
その間、晴江はカーテンの陰で、やってきた女が指示どおり、ちゃんと飲み干すかどうかを芳賀の命令通りに密かに見張っていた。呑みおわったらしい雰囲気を見届けてから、美紀の前に再びあらわれ、容器を確認して片付けながら、美紀に指示する。
「はい、もういいですよ。暫くはトイレに行くのを我慢してください。そう、半日ぐらい。あっ、もう行っていいですよ。」わざと美紀のほうを見ないで、芳賀に指示されたとおりにそう告げた。
その時間帯は、あらかじめ芳賀が晴江に電話して、他の看護婦や巡回医が来ていないことを確認してあったのだ。美紀が診療所を出ると、すぐに晴江は芳賀に電話で報告する。
診療所を出て正門のほうへ暫く歩いたところで再びイアホンに声が聞こえてきた。
「今度は資料管理課へ行くんだ。場所は知ってるな。そこに担当の矢作っていう男が居るから、1985年の財務監査の資料を探してくれと頼むんだ。重役の依頼だと言え。」
芳賀は長く開発での総務のような仕事をしているので、このような書類が何処にあり、誰が管理しているかなどに精通している。美紀には何の意図でそんな古い書類を探し出そうとしているのかさっぱり判らなかった。
資料管理課の矢作というのは、美紀も職務柄、名前と顔だけは知っていた。が、話したことはなかった。小柄な初老の男という感じで、脂ぎったような顔にいつも少しずり落ちた丸い眼鏡をしている。
「へえーっ。1985年ねえ。ちょっと古いから地下の書庫だなあ。」
そういうと壁の奥に吊るしてある鍵束を手にすると着いてくるように言って先にたった。
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