書庫2

妄想小説

恥辱秘書






第八章 書庫室への罠


 二

 待つほどもなく、芳賀からの指示が美紀のイアホンに聞こえてきた。
 「まず、そのままの格好で事務本館5階の役員秘書室へ向かえ。」きつい命令口調だった。
 濡れたままの下着が雫を垂らさないか不安だった。腰の周りのスカートも後ろ側が少しだけ濡れて染みになっている。ようく注意して見ないと気づかないかもしれない程度だったが、構っている訳にもいかない。それよりも小水のかすかなアンモニア臭に気づかれるのではないかということが気になった。
 廊下に誰も居ないのを確認してから、後ろ手でエレベータを呼ぶボタンを押す。普通に立っていれば、そんなに変な格好ではないが、後ろ手て背中を押し付けるようにしてエレベータを呼ぶボタンを押すのはかなり不自然だ。階段を下りることも考えたが、非常用としてつけられている階段へは重たい鉄の扉を開かねばならず、背中で開けるのは、それこそ不自然な格好を強いられるので避けたのだ。
 エレベータの扉が開いて、誰も来ないのを確かめてからさっと中に入る。が、行く先階のボタンがかなり上のほうにあり、後ろ手ではちょっと届かない。仕方なく鼻を押し付けるようにして何とか1階のボタンを押すのがやっとだった。扉を閉じる釦も押したいのだが、難しいので、自動で閉まるのを待つ。やっとドアが自動で閉じようとしたその時、入ってくる者が居る。同じフロアの人間ではない、郵便物の集配人だった。顔は見たことがあり、美紀は不自然にならないようにそっと頭を下げて会釈だけする。
 「えーっと、1階でいいのですよね。」と言ってしまってからはっとする。もし違う階の釦を押してくれと言われたら、その男の前で自然に止まる階の釦を押すことが出来ないのだ。
 「あ、いいですよ。」男は気にも留める風もなく、下を向いて手に持った郵便物の束をチェックしている。がたんというショックとともに、エレベータは静かに降り始める。いつもなら気にならないエレベータの速度が、美紀には、意地悪をされているかのようにゆっくりに感じられた。
 突然、横にいた集配人の男がくんくん鼻をならした。
 「なんか、臭うなあ。」
 美紀は、後から水を浴びせかけられたような思いがした。こめかみから汗が吹き出てくる。
 「この建物は、昔っから空気の流れが悪いんだよね。」
 男はトイレの臭いがこもって流れてきたと思ったようだった。
 エレベータが一階に着いて扉が開くや否や、美紀は外へ飛び出した。とにかく早く男から離れたかった。役員秘書室のある事務本館のほうへ小走りに向かったが、途中で方向を変えようと考えた。秘書室に入る前に、すこしでも濡れた下着が乾いてくる時に発してくる尿臭を散らしておこうと思ったのだ。
 が、その時突然の声に美紀の足が止まった。
 (どこへ行くんだ。秘書室はそっちじゃないぞ。)
 芳賀がどこかから見ているらしかった。おそらく今居た設計本館の上のほうの階の窓から見張っているのだろう。顔を見上げることも出来ず、ちょっと躊躇していたが、顔をさげてゆっくりと事務本館のほうへ再び歩みはじめた。

 芳賀が指示して向かわせたのは、この地区で一番偉い事業所長である専務の長谷部付きの秘書、内村裕美のところである。内村裕美と深堀美紀は同期入社でお互い見知っている。入社試験で知り合ったのだ。お互い知ってはいるが、仲良しという訳ではない。むしろライバルと言ってよかった。
 実は、入社の時、美紀のほうが、役員秘書を目指していると裕美に話したのだ。実際、面接でも役員秘書を志望しているとはっきり表明した。
 しかし、その後の辞令を受けたときに、一番上の事業所長の秘書には裕美のほうがなって、美紀はそれよりふたつ格下の事業部長役の秘書でしかなかった。秘書といっても秘書風の仕事もあるという位で、席も一般職で秘書室という個室ではないし、仕事も庶務役を合わせて受け持たねばならない。この会社を志望した時からばりばりのキャリアウーマンを目指していた美紀には、お嬢さま育ちで可愛いだけのような裕美が、格上の役員秘書に選ばれたことが屈辱だったのだ。
 だから、入社以降も出来うる限り、てきぱきと仕事をこなし、仕事の上では決して裕美に引けを取らないようにしてきたつもりだった。何がなんでも裕美には負けたくなかった。

 そんな相手のところへ、失禁したままの格好で訪ねて行かなければならないのは、一層の屈辱だった。芳賀がそういう二人の関係を知っていて態と美紀にいかせているのは間違いなかった。

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