妄想小説
恥辱秘書
第八章 書庫室への罠
四
あまりに慌てて階段を駆け下りていたせいだろう。踊り場を曲がって瞬間に、見知らぬ男性社員とぶつかってしまった。不意だったので思わずバランスをうしなって階段に手をついて転んでしまい、スカートの裾が乱れた。慌てて膝を折って隠し、背後で取り落とした書類入れを手繰り寄せたが、男性社員の目は、見てはならないものを観てしまった目をしていた。
「ご、ごめんなさい。急いでいて。あ、の・・・。失礼します。」
そう言い残すと顔もあげずに、階段を小走りに下りてゆく美紀だった。両手の自由が効いていたら、あんな無様な格好で裾を乱したりしなかった筈なのにと思うと悔しかった。
事務本館の廊下の暗がりから明るい外へ出て、目が慣れないうちに芳賀からの指示の声が聞こえてきた。
「次は、診療所だ。前に行ったことがあるだろう。」
美紀には嫌な記憶が蘇えってきた。あの時も、芳賀の周到な計画によって、美紀はとても恥ずかしい思いをさせられたのだ。あの時には、まだ芳賀のしわざとは気づいていなかったのだが。
診療所の入口は自動扉だった。手を使わなくて中に入れたが、靴箱からスリッパを取り出すのがちょっと苦しかった。なんとか足許にスリッパを落とし、足だけで高いヒールのパンプスを脱いで履き替え、受付に向かう。
そこに居たのは記憶のある看護婦だった。(あの看護婦でなければいいが)と思っていたまさしくその相手だった。
芳賀に言われた台詞を口に出すのに、美紀は唇を噛んで一旦躊躇した。
「あ、・・・あの、・・・。に、尿もれの、薬を出して、ください。」俯いた顔でそっとそう口にした。
「えっ、何ですか。」あらかじめ、電話で指示を受けていた晴江は、芳賀から言われた通り、わざと聞こえなかった振りをした。
「尿、もれの、・・・尿漏れを抑える薬です。」
美紀は耳たぶが赤くなるのを感じた。
「ああっ、あれね。えーと、ちょっと待っててくださいね。あっ、底に掛けて待っててください。」
そう言うと、目隠しのカーテンの付いた衝立の向こうにある丸い椅子を指差し、薬剤室のほうへ消えていった。いつもの看護婦にしては妙に短いスカートの娘だった。歩く時に、ちょっとガニ股気味になっているその理由を美紀はまだ知らない。勿論、美紀と同じように芳賀の手先にさせられていることも。
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