悶え

妄想小説

銀行強盗 第二部



 九

 男が去って行ってしまった後の暗闇に残された良子は、募りくる尿意とお腹を痛め続ける便意に脂汗を流して堪えながら床を這いまわって、男が遺していった筈の携帯を捜したのだった。
 漸く良子の頬が携帯らしき感触を探し当てた時に、尿意の限界が訪れた。両方を我慢し切るのは所詮叶わないこととは思いながら、縄で造られた頑丈な褌をしたまま垂れ流すのは何ともやるせなかった。そしてその惨めな姿を同僚の早崎に晒さねばならないのだった。腹を痛め続ける猛烈な便意はしかし、排便してしまおうにもアヌス栓とそれを抑えつけている縄の褌がそれを赦さないのだった。
 良子は股間に粘りつくような生温かい嫌な湿り気に心が折れそうになりながらも手錠で自由にならない後ろ手の指で探るようにして手探りでボタンを押したのだった。
 「あ、早崎。すぐに助けに来て欲しいの。xxxxという元公団アパートの撤去前の廃ビルなの。あ、来る時に、鎖を切る鋼鉄カッターを持ってきて欲しいの。そう、チェーン錠を切るあれっ。お願いっ、急いで。」
 やっとのことでそう言って、早崎が駆けつけてくるのを地獄の苦しみを味わいながら待ったのだった。

 良子が電話して教えてくれた廃ビルの最上階に辿り着くと、教えられた部屋の扉から手錠に繋がれた両手だけを外に出している良子を発見したのだった。早崎が近づくと、部屋の中には入らずに手錠だけをカッターで切って欲しいと言われる。鼻を突くアンモニア臭に何となく状況を察した早崎は良子が繋がれている手錠を持参したカッターで切り取ると、一旦その場を離れることにする。良子が階下に茶色のバッグが落ちている筈だから捜して持ってきて欲しいと言われ、良子を置いて、再び非常階段を降りてバッグを捜しにいったのだった。
 それらしいバッグは良子が居た部屋の窓の真下辺りに落ちていた。中を検めると、良子のものらしい衣服とショルダーバッグが入っている。衣服にはブラジャーとショーツも含まれているのを見てしまう。それをみて、早崎は良子が受けたらしい仕打ちをそれとなく知るのだった。

 水道はかろうじて止められてなかったらしく、真っ二つに切り取られた手錠を両手首に掛けたまま良子は股間の汚れを洗い流していた。早崎が戻ってくる物音に扉を薄く開いた状態で自分の衣服が入ったバッグを受け取ると、身繕いが済むまで早崎に待って貰ったのだった。

 早崎と自分のアパートに戻った良子は、再び呼出しを掛けてくることを想定して対策を打っておくことにする。公用の携帯にはGPS機能が付いているが、相手に電源を切るように言われてしまうとそれっきりになってしまう。犯人たちには公用の携帯にGPSが付いていることがばれてしまっている。それで良子はあらたな秘密兵器を使うことにした。
 良子の警察学校時代の同期でアメリカ現地の警察に留学しているのが居て、米国ではこんなのを使っていると以前に送ってくれたものだ。それは足首に嵌めるアンクレットになっていて、GPS発信機が埋め込まれている。保釈中の囚人などに使われているものとほぼ同じだが、米国では囮捜査などの際に潜入する特殊捜査官などでも使っているのだと言う。万が一犯人グループに捕まってしまった場合でも追跡捜査が出来るようにする為だ。しかもラッチボタンが付いていて、それを入れることでGPSで追尾しているパソコンへある合図を送ることが出来るのだ。
 潜入捜査官が居る現場へ、突入してもいいという合図を送る為の機能だ。良子は早崎にそのアンクレットを見せて、早崎のパソコンで良子の居場所を追跡できるかどうかを確認しておく。合図の信号もそれが送られるまで突入しないで待機するようにと教えておいたのだった。

 そのアンクレットを装備した次の夜、早速男のものからと思われる電子メールが良子の携帯に届く。すぐさま指示された場所へ向かう前に早崎に連絡してパソコンで自分の居場所を確認しながら、何時でも突入出来るように待機していて欲しいと頼み込む。
 男が指定してきた場所は都心から少し離れた郊外にある大きな公園だった。閉園時間が夕刻前にあって、それ以降は人の出入りは全く無くなるのだ。正門も裏門も施錠されてしまうが、何箇所か出入り出来る場所が無い訳ではなかった。
 早崎には歩いていける場所まで車で送って貰って、そこから車を降りてひとりで指定された場所へ歩いて向かう。犯人は何時、何処から見ているか分からないからだ。
 公園の縁をずっと歩いていって生垣になった植込みが少しだけ途切れている場所を見つけて辺りを見回してから公園の中に忍び込む。
 少し歩いて奥へ入ったところに指定された昼間は噴水が噴き出ている円形の池が中心にある窪地のような広場がある。その広場の脇に公衆便所があって、犯人はそこの男子トイレの個室を指定していた。良子が誰もいないその公衆便所の男子トイレに滑り込むと一つだけある個室の扉を開く。予想していた通り、ドアの内側のフックに布袋がぶら下げてあって、中に手錠とアイマスクが入っているのは前回と一緒だった。ワープロで打たれた手紙が一枚入っている。
 『広場の噴水池の縁でアイマスクを嵌めて手錠を後ろ手に掛けて待て』
 想定どおりの指示だった。噴水のある広場の四隅にはナトリウムランプの常夜灯が立っている。広場を囲む林の何処からでも噴水の池の脇に立てば、良子の様子が確認出来る筈だ。ちゃんとアイマスクをして手錠を後ろ手に掛けていることを確認してから近づいてくるつもりなのだ。
 良子は相手をわざと刺激するような黒の革製のミニスカートに黒い刺繍のストッキングを合わせていた。抵抗出来ない状況にさせて凌辱をしに来るのだということは想定していた。それならば、それをわざと誘うように仕向けたのだった。
 男が用意した袋を持って噴水池の脇まで来ると、アイマスクと手錠を取り出す。一度大きく深呼吸してからアイマスクを掛け、手錠を後ろ手に嵌める。凌辱してくれと言わんばかりの格好だ。
 その格好のまま三十分近くが経過しようとしていた時に、良子はかすかだが草を分けるような物音を耳にした。
 (来た・・・。)
 身体全体が緊張して強張るのを感じる。
 男が音を立てないように慎重に少しずつ近づいてくるのが気配で感じられた。
 (もうすぐ傍まで来ている。)
 そう思った瞬間に、背中で両手を繋いでいる手錠の輪と輪の間の鎖を掴まれたように感じた。いきなり下に引っ張られたので、良子は尻もちを突いて転んでしまう。スカートの下の白い下着が丸見えになったに違いなかった。
 「誰っ?」
 良子は見えないスカートの裾の乱れを直すように脚をすぼめながら、同じく見えない相手に向かって一言放つ。
 「手錠はちゃんと掛かっているようだな。たっぷり愉しませて貰うぜ。」
 男が声を放ったので、記憶にある銀行強盗の首謀者ではないことに気づく。
 (何故・・・?)
 良子が状況を把握しようと考え始めたところで、男の手がスカートの中に差し入れられたのに気づく。
 「嫌っ・・・。」
 しかし純白のパンティはあっと言う間に降ろされてしまい、足から抜き取られてしまう。
 「何するのっ。大声出すわよ。」
 良子が発した声に男は直ぐに反応して良子の鼻を思いっきり抓む。息が苦しくなって口を開けたところにいきなり何か突っ込まれる。良子から奪ったパンティのようだった。
 「むぐぐぐっ・・・。」
 良子は膝を折って足首のアンクレットを指が届くところまで引き寄せる。自然と大股ビラきになって男の目には捲れ上ったミニスカートの奥にパンティを奪われた股間が剥き出しになっている筈だった。良子は突入の合図のボタンをスライドさせようか躊躇して止めることにした。
 「へへへっ。いい格好だぜ。」
 男はそう言いながらズボンのベルトを緩め、下そうとしている様子だった。その声に男が立っているおおよその場所を頭に思い描く。
 「えいっ。」
 良子は渾身の力を篭めて、立っている男の急所とおぼしき辺りを蹴り上げた。
 「ぎゃうううっ・・・。」
 良子の勘は物の見事に命中したらしかった。
 「おい、そこで何やってるっ。」
 少し遠くから叫ぶ声がした。誰かがこちらに向かって走って来るのが気配で判る。
 (早崎だわ。)
 「おい、待てっ。逃がさんぞ。」
 「早崎っ。いいの、追わないで。」
 足をすぼめて立ち上がろうとする良子の肩を捉えて、早崎がアイマスクを外してくれる。
 「あいつは首謀者じゃないわ。追っても無駄よ。」
 男は股間を抑えながら、灌木の暗闇に走って消えていった。それをただ見守るように見送った二人なのだった。

良子

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