査問委員会

妄想小説

銀行強盗 第二部



 二

 その翌朝のことである。ホテルに軟禁状態になっていた良子の元へ私服の刑事が数人やってきた。
 「本日、これから査問会議があります。一緒に御同行願います、水島巡査部長。」
 言い方は丁寧だが、明らかに有無を言わさぬ命令口調だった。良子はその口調よりも<査問会議>という言葉に敏感に反応した。
 (査問会議・・・? それじゃあ、まるで私が何か不祥事を起こしたみたいじゃないの。)
 良子はてっきり<事情聴取>という言葉が使われるものと思っていたからだ。

 警察側はまだマスコミの取材攻勢を警戒しているようで、良子を乗せた目隠しフィルムを後部座席に張り巡らした大型ワゴン車が警察署の地下駐車場に吸い込まれていくまで念の為に良子に座席の下に伏せて顔を隠しておくよう指示をしていた。

 「それではこれより先日起きた四葉銀行上窪駅前支店での強盗事件に関する査問会議を始めます。」
 良子はまるで被告席のように四角く周囲をテーブルで囲われた真ん中に設けられた席に椅子のみで座らされていた。
 「ちょっと待ってください。今、査問会議とおっしゃいましたが、私に何か落ち度があったという前提のような仰り方ですが・・・。」
 良子は憤慨した口調で最初に発言した。
 「君、まだ全体の様子をきちんと把握していないようだね。まあ、人質になっていたんだから無理もないが、この事件は警察全体に取って、完全なる不祥事と言っていい。その中心に君が居た訳だから、君一人に責任を追及するものではないが、この事件に関しては関係者全員が起こした不祥事と言っても過言ではない。だから、君への事情聴取も査問会議として扱わせて貰う。無論、君一人が対象ではなく、君の部下、早崎巡査、指揮を執った徳井刑事部長、上窪署署長の沢木君も対象者として扱うんで、悪く思わんでくれ。」
 「そうですか・・・。わかりました。」
 良子は査問会議に出席している面々の顔を見回してみた。さっと見たところ、自分の所属する所轄の者は一人も居ない様子だった。
 「それじゃあ、最初に犯人たちが銀行に入ってきた時の状況から報告して貰おうか。」
 「わかりました・・・・。犯人たちが銀行へ入ってきたのは、窓口が閉まる3時の10分位前だったと思います。男性ばかり10人ぐらい居たと思いますが、閉店直前に入ってくるのは不自然な人数だと思いました。それでまさかの事があるといけないと思いバッグから自分の個人用携帯をそっと出して受信音量を最低限にしてから110を押しておきました。」
 「それはやってきた男達が強盗犯だと見抜いたという事かね。」
 「いえ、そこまでの確信はその時はありませんでした。あくまで虫の報せに対する準備のようなものです。」
 「ふむ、それで・・・。」
 「男達の一部が二階に向かったと同時に、一階に居た男達が目抜き帽を被り自動小銃のようなものを構えて全員に手を挙げるようにと指示したのです。それでこれは強盗犯だと確信して、すぐに携帯の発信ボタンを押してから、隅にあった観葉植物の裏に携帯を滑り込ませました。」
 「警察に直接通報しようとは思わなかったのかね。」
 「そんな余裕は無かったと思います。男達の動きは素早く、適確で、あっと言う間に窓口カウンタの裏側にも入り込み、銀行員が通報ボタンを押さないように見張っていましたし、客たちにも銃口を向けて手を挙げていないかチェックしていました。役割はそれぞれ分担されていて、予行演習もきちんと何度もやっていたように思えました。」
 「ふうむ。で、それから。」
 「男性客の一人が突然逃げようと走りだし、その背中へ向けて一発発砲されました。男は倒れ込んでその後、身体の下から血が流れだし動かなくなりました。」
 「一発と言ったね。確かに一発だったのか。」
 「私が聞いた銃声は一発だけでした。」
 「自動小銃というのは普通、何発も連続で発射されるものではないのかね?」
 「私もそう認識していましたが、そういう銃もあるのかと思いました。」
 「その倒れた男はどうなったのだね。」
 「彼等のうちの数人が脚を持って一階の奥へ曳いていき、その後は姿を見ていません。」
 良子はその後、ダミーの血糊が付いた背広が一階奥のトイレで発見されたことも、撃たれたらしい男が他の仲間と逃走したらしいことも聞かされていない。勿論、報道用の警察発表でもその事が伏せられているのだった。
 「君も手を挙げていたのかね?」
 「ええ、全員に肩より上に手を挙げているよう指示していましたので。」
 「それから・・・?」
 「私達、銀行へ来た客と、女性行員たちと、男性行員たちとでそれぞれ分かれてロビーの床へ手を挙げたまましゃがまされました。」
 「手を挙げたままでしゃがまされた? 君もそのスカートで手を挙げてしゃがんだのかね。」
 良子は事件の後、自分の服は返されたもののそのままホテルへ直行させられたので着替えてはいなかった。質問した監察官の一人は明らかにその時の良子の様子を想像していた。
 「そ、そうです。それが何か・・・。」
 「あ、いや。続けてくれ。」
 良子はちょっとムッとした表情を浮かべた後、気を取り直したように話を続けた。
 「それから彼等は用意していた大きな布袋を持って全員の携帯を没収し始めました。」
 「君はどうしたのかね。」
 「私はバッグに公用の携帯をもう一つ持っていましたので、それを渡しました。」
 「公用の携帯か・・・。君は警察官だとはばれていなかったのだね。」
 「えっ、その時はそうです。」
 「その時は・・・とは?」
 良子は一瞬、どう説明しようか迷った。下手な言い方をすれば部下の早崎巡査の責任を問われかねないからだ。
 「そのすぐ後に私の公用の携帯に着信がありました。男達のリーダー格の男がその音声を無言で聴いていてすぐに電話を切り、電源も落したようでした。」
 「その電話で君がそこに居ると気づかれた訳だね。」
 「すぐに私と気づかれた訳ではありませんでしたが、もう一台の携帯が110センターへ向けて無言電話を発信し続けていることは気づいたようでした。男達が一斉に辺りを捜索し出して、私の私用の携帯も見つかってしまいました。」
 検察官たちは一斉に手元に配られている書類に目を通し始める。それは事件の経緯をメモしたものに違いなかった。そこには110番通報していた電話が切られた時刻、早崎巡査が良子の公用携帯に電話を掛けた時刻、それが切られた時刻などが逐一記録されている筈だった。110番通報していた良子の私用携帯と、公用携帯が切られた時刻はほぼ同時だった筈だ。
 「それで彼等はどうしたのだね?」
 「公用電話に掛かってきた内容から客の中に警察官が紛れていることに気づいたらしく、一人ひとりに声を掛けて捜し始めました。それまではじっと身を潜めていましたが、男達の一人が老人の女性に乱暴をしたので、つい制止しようと庇った為に私が警察官であることに気づかれてしまいました。」
 「庇ったので気づかれた・・・?」
 「私の動きが不審に見えたらしく、バッグを奪われ中の警察手帳を見つかってしまいました。」
 「じっとしていてばれないようにすることは出来なかったのかね。」
 「あの状況ではいずれ見つかるのは時間の問題だと覚悟していました。」
 「ふうむ、それでどうしたのかね。」
 良子は返事にちょっと躊躇う。ここからの話が出来れば触れたくなかったのだ。しかし、査問会議の場で、秘密のまま隠し通せる筈もないと観念したのだった。
 「私のバッグの中から手錠をみつけると、私の両手首にそれを掛けました。」
 「両手首に手錠を? 後ろ手に・・・?」
 (それは今関係ないだろ)と思った良子だった。
 「後ろ手にです。」
 そこに居た男性警察官たちの脳裏にミニスカートで後ろ手に手錠を掛けられた良子の姿が思い浮かべられているのは疑いなかった。
 「そ、それで・・・、何かされたのかね、彼等に。」
 良子は一番の男達の関心事はそこなのだと思い知らされた。
 「男の一人に胸を思いっきり掴まれました。」
 「胸って・・・。服の上からかね?」
 「服の上からです。」
 良子はムッとしながらも鸚鵡返しに答える。
 「触られたのは胸だけかね。」
 質問は明らかにその後、良子が受けた仕打ちを想像してのものだった。
 「男の手がスカートに掛かった時に、リーダーらしき男が止めました。そして私に手錠の鍵の在り処を尋ねたのです。私がバッグの内ポケットにあると答えると、それを出させて私に手錠を掛けた男に外してやれと命令したのです。」
 「すると、君はそれでそれ以上何もされなかったのか。」
 その言い方はちょっと残念そうに聞こえた。良子はそれで話を終りにしてしまいたかったが、それで済む筈もなかった。
 「私の手錠を外させたのは、自分から服を脱がさせる為のようでした。」
 「自分から? 君は自分から服を脱いだのかね。」
 「いえっ・・・。男は女子行員の一人に馬乗りになって銃口を突きつけ、私に言う通りにしろと脅してきました。」
 良子はこの話は早くお終いにして、先に話を進めたかった。が監察官たちの質問は執拗だった。
 「犯人は君に何を命じたのかね。」
 「そ、そこは大事でしょうか?」
 「これは事情聴取だからね。大事か大事でないかは後で判断されることだ。今は事実を正確に掴んでおく必要がある。分かるよね、君。」
 「わ、わかりました。・・・・。ス、スカートの下の下穿きを降ろすように言われました。」
 周囲が一瞬、沈黙に包まれる。誰かの喉がゴクンと鳴ったように良子には思われた。
 「そ、それで・・・。君は、そのう・・・パ、パンティを降ろしたのかっ。」
 「一般民間人が人質に取られている以上、仕方ありませんでした。」
 「そ、それから。それからどうなったのだね。」
 良子は膝までパンティを降ろした状態で脚を開くよう命じられ、下着の裏側を晒させられたのだが、その部分は省略した。
 「下着を彼等に奪われました。」
 「ノーパンになったというのか。」
 ノーパンという言葉が異様に下品に良子には思われた。しかしどう言い繕ったところで同じなのだった。その後、スカートを捲り上げるよう命じられたのだが、それは黙っていたところで当然そういう想像をするだろうことは確実だった。そして話はその後の支店長との事に及ぶのも間違いなかった。その時、ふと良子の脳裏に浮かんだことがあった。
 (もしや、あの時、防犯カメラが行内にはあったのではないだろうか・・・。)
 捜査員からは殆ど捜査状況は聞かされていないので、警察で何処まで把握しているのかは良子には知らされていない。しかし、銀行に防犯カメラがあって、逐一行内の状況を録画していたとしても何の不思議もないことだ。

良子

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