全裸避難

妄想小説

銀行強盗 第二部



 一

 現場指揮を任された徳井は、取り敢えず部下たちに全裸の女性を保護するように命じた。自らも上着を脱いで裸の女の肩に掛けてやるが、剥き出しの脚までは蔽いきれなかった。
 銀行の屋上からヘリコプターが飛び立つのにも気づいていたが、さすがに警察隊のヘリまでは手配していなかった。他に何台か報道のヘリが飛んでいるのに気づいて、部下に放送局に連絡を取って犯人が乗っているらしいヘリコプターを追うように要請する。しかし、何もかにもが後手後手だった。
 最後の爆発が起こってから10分が経過し、もう続いての爆発は起きないだろうと判断した徳井はSAT部隊に突入を命じた。防弾盾を手にした特殊部隊の面々が銀行構内に雪崩こんだが、中はもぬけの殻だった。たった独り銀行内に残されていた人質は、応接室に吊るされていた良子だけだった。その良子も大声を挙げて、SATの部隊の連中に入って来ないように懇願していた。その理由を知っていたのは、向かいのビルの上からずっと撮影を続けていたカメラマン他の撮影クルーたちだった。犯人たちがブラインドを引き上げてからは、ずっと室内の鮮明な画像が録れてはいたのだが、その様は放送には堪えないものなのだった。
 やがて群馬のとある中学校の校庭に緊急着陸したヘリを追ってきた放送局のヘリのスタッフから、追っていたヘリにはパイロットしか乗っていなかったという連絡が徳井の元に入ってきた。言う通りにしないとヘリを爆破されると脅されていたので、たった独りでヘリを飛ばすしかなかったのだという。犯人たちに送信用のマイクを壊されてしまっていたので連絡することも出来なかったのだ。
 銀行の内部のトイレからは真っ赤にそまった背広が脱いだままの格好で放置されていた。鑑識はすぐにそれが芝居などで用いるダミーの血糊であることを見抜いていた。現場に放置されていた自動小銃らしきものは全てモデルガンだった。犯人たちは仲間の一人が人質の客にふん装して、殺される演技をしたのだと後になって気づかされたのだ。最初に一人が撃ち殺されることで、良子を含め中にいた全員が騙されていたのだった。
 徳井が犯人たちはヘリではなく、爆破の直後に銀行内から飛び出てきた銀行員や人質たちに紛れて人ごみに駆け込んだ事に気づいたのは、犯人たちが素知らぬ顔で野次馬たちに紛れて逃げ去ったずっと後だったのだ。



 MBS放送局内では重い雰囲気に包まれていた。当初、夕方の看板報道番組であるアフターファイブは情報入手に遅れを取った他局を後目に放送開始からどんどんうなぎ登りの視聴率を稼ぎ、報道局長賞獲得は間違いないと色めき立っていた。ところが銀行爆破とほぼ同時に起きた女性行員達の全裸での一斉避難を全国ネットで生中継してしまったことが時間を追うに連れ、批判の声が高まっていったのだった。
 撮影クルー達にしてみれば、まさかの事態に一時どうしていいか茫然としてしまったのだった。それでも報道陣の日頃の習性のせいで、少しでも衝撃的でかつ鮮明な画像を撮りたいという一心で、理性を失っていたのは間違いなかった。
 これはまずいとプロデューサーの和田が我に返って現場撮影スタッフに指示を出した時には、銀行出口から野次馬の人ごみに逃げ込むまでの一切が終わってしまっていて、すでに全国に流されてしまった後だった。
 悪いことに、生放送の撮影を録画していた人も多数いて、その中から録画画像を動画チャンネルにアップし始める人が続出したのだった。少し後になってから全裸で縛られていて前を隠せない女性たちの顔だけはモザイクが掛かったものが出回るようになったものの、当初でた本人の顔がそのままアップされたものは、消されては再アップされを繰り返す事態となったのだった。
 その日の夜の報道番組は現場の中継画像は一切使われなくなり、事件を起こした犯人たちの逃走とそれを追掛ける警察の対応が中心に報じられるようになった。当然の事ながら、それらの報道にはインパクトのある画像は一切なく、人々はテレビ報道からネットにアップされる動画とそれに対する憶測の書き込みに関心が移っていった。

 もう一つ残念がったのは、銀行の向かいにあるビル屋上に陣取って二階の応接室らしい所を中継しビデオを撮り続けていた撮影クルー達だった。犯人グループが逃走前に一度ブラインドを開きかけた時に撮られた静止画像は既に報道部に送られ、アフターファイブの中でも散々使われていたが、その後、犯人たちがそのブラインドを全開に開け放ってからはずっとビデオカメラが内部の様子を逐一記録していたのだが、その映像は一切使われないことになったのだ。本来は爆発があった際に生中継の画面が銀行出口のほうに切り替わり、その後二階で人質として繋がれていた女性の方にカメラが移る筈だったのが、銀行出口の映像に全裸の股間を全く蔽っていない女性が写ってしまい、それにストップが掛かった以降、二階の人質女性の映像は使用が禁止されたのだった。
 その女性にその後何が起こったのかは、屋上に詰めていた撮影スタッフだけが知っている事実だった。女性は苦痛に顔を歪めて身体をくねらせていたが、そのうち下着の股の部分に沁みが出来、ポタポタと滴が落ち始めたのだった。しかもそれで終わりではなく当初透明であった滴が途中から黄色い液体に変わっていったのだ。それが意味するものは、その場に居てカメラの望遠レンズから送られてくるモニタ画面を見ていた全員が理解していた。

 沈痛な面持ちだったのは放送局に限らなかった。現場指揮を取っていた上窪署内では、放送事故とは別に犯人を一人残らず取り逃がし、完全に裏をかかれてしまっていたからだ。
 当初はヘリを用意していなかったことで銀行屋上から逃げ去るヘリをどうやって追掛けるかにやっきになっていて、現場の警備を怠ったのが一番の敗因と言わざるをえなかった。
 放送局の協力を要請し、最初に現場に待機していたMBCのもう一台のヘリと後から駆け付けた別の放送局のヘリを総動員して追跡に成功し、群馬のとある中学校の校庭に緊急着陸したヘリを囲むように追掛けてきたヘリと地元所轄に全面協力を仰いて駆けつけて貰ったパトカー軍団でヘリを取り囲んだ時には、上窪署内では「やったー!」という大きな歓声が上がったのだった。しかし、ヘリが実は逃走のダミーでパイロット以外は誰も乗っていなかった事が判明した時点で、歓喜は絶望に一転したのだった。銀行内を捜索して、残っていたのは二階の応接室で縛られて監禁されていた水島巡査部長しか居ないことが分かると、上窪署内の空気は誰の責任でこうなったのかという暗黙の批難の目でお互いを詮索しあうように変わっていった。

 二箇所を爆破されたものの、人質になった行員と客の全員が無事解放、保護された四葉銀行上窪駅前支店でも、沈痛な思いは変わらなかった。命こそ無事だったものの、全裸画像を全国中に生放映され、しかもその画像がネット上に拡散してしまった女子行員達の精神的ショックが最も大きかったのは言うまでもないが、人質として監禁されていた時に何が起きていたのかは、誰もが思い出したくない悪夢で、皆口を堅く閉ざして語ろうとしていなかった。
 その一方で、上窪駅前支店を含む四葉銀行全体の経営陣へ与えた大打撃は、コンピュータシステムがウィルス感染によって完全に業務停止状態に追い込まれてしまったことだった。復旧はまったく目処が立たず、四葉銀行頭取は当面三日間の操業停止を宣言せざるを得なくなった。この責任の所在が何処にあるのかを窺うお互いの目付きは、上窪署内の雰囲気とまったく同じと言ってよかった。

 一番、複雑な思いを抱いていたのは、銀行爆破時ただ一人建物内に監禁されて残されていた良子だった。ブラインドを開け放たれる前に口を封じられた事で、屋上から発進するというヘリは追跡者たちの目を逸らす為のダミーであることは確信していた。それは口パクでその事を報道カメラマン達に通報する事を怖れて口の周りにガムテープを貼られてしまった事からも間違いないからだ。良子は下着姿の自分を報道カメラマン等の前に晒すことによって注意を自分に惹きつけようとしているのだとは理解していた。しかしその時点で犯人たちが一階のフロアで何をしていたのか良子には全く分からなかった。しかもどうして自分が利尿剤入りの水を呑まされ、浣腸までされなければならなかったのかも理解出来ないでいた。
 二度の爆発音を聞いた時は、犯人たちは逃げられないと悟って自爆したのだと思っていた。そしてその後、自分の身体に仕掛けられた時限爆弾の限界を迎えたのだった。犯人たちが自爆したのなら、突入隊がやがてやってくるだろうことは目に見えていた。それで口を何度も動かしてガムテープを剥すまでには至らないが、隙間から何とか声が洩れだせるようにまではして、突入隊の足音を聞いた際に、部屋には入らないでくれと嘆願し、女性の警察官を一人だけ連れて来て欲しいと頼み込んだのだった。
 やがてやってきた女性警察官にシモの始末をして貰い、吊るされていた縄を解いて貰った良子は自分を助けてくれた女性警察官に「犯人たちは全員自爆したのか」とだけ訊ねたのだが、その女性警察官は首を横に振っただけで何も話してくれないのを不審に思ったのだった。それからすぐに事の状況を報告したいからと言ったのだが、まるで犯人を取り扱うかのように上から毛布を被せられてパトカーの後部座席に乗せられ、都内のとあるホテルの一室に連れていかれ、そこで半ば軟禁状態となったのだった。部屋の外には所轄の派出所勤めの警察官が警備員として配置されていた。
 「私、早く事件の状況を報告しておいたほうがいいのじゃないかと思うのですが。」
 良子がホテルの部屋の外で待機する警察官に申し出ると、言い含められたらしい台詞を警察官は鸚鵡返しに答えたのだった。
 「今、放送局各社が取材にやってきになって貴方の事を探し回っているそうです。公式見解が署から出されるまでは、一切取材には応じないようにとのことです。」
 「そうなの。わかったわ。それじゃあお願いがあります。ホテルのテレビ報道では何がどうなったのかさっぱり分からないの。ホテルからネットが繋がるパソコンを借りてきて貰えないかしら。」
 「・・・・。本来は署のほうに確認を取らないといけないのかもしれませんが、このような監禁みたいな状況は大変心苦しいので、私の一存で借りてまいります。」
 警察官はそう言ってホテルのフロントに電話を掛け、パソコンを借りてくれたのだった。良子はそのパソコンで、自分が繋がれていた銀行二階の部屋の外側で何が起きていたのかを漸く知る事が出来たのだった。

 良子以外の銀行女子行員たちは警察官等の上っ張りを貸して貰い、暫くしてやってきた警察署のワゴン車で上窪署へ運ばれた。取りあえず毛布に包まれて一つの部屋に退避していたが、やがて四葉銀行の隣の支店である下窪支店からの応援の女子行員等によって、爆破された上窪支店内に残されていた女子行員たちの制服と下着類、携帯などが回収され届けられた。精神的なショックが大きく、事情聴取出来るような状態ではなかった為一旦帰宅することが認められたのだが、上窪署周辺は何とか取材をしようとする特にMBC放送以外の出遅れた放送局の報道関係者が取り巻いていて個人では警察署を出られる雰囲気ではなかった為、警察署の目張りをしたワゴン車で裏口から密かに別の警察署に移動し、そこから銀行側が用意したタクシーに乗せられそれぞれの自宅へ帰宅していった。

 その夜、自宅アパートで気分転換をする為にゆっくり風呂に浸かろうとしていた才川由里の携帯に着信が入ったのだ。その携帯は警察署で回収された袋の中から返却を受けたものだった。着信相手は由里の知らない番号のものだった。
 「もしもし、才川ですが。」
 「ああ、才川君か。浪花だ。支店長の浪花だよ。」
 「あ、支店長・・・。」
 すぐに銀行のフロアで女性警察官の裸の股間に顔を埋めていた支店長の姿が蘇ってくる。
 「ああ、今日は大変だったね。課長から既に聞いていると思うが、当分は銀行の方には登行しないで充分静養してほしい・・・っと思っているんだがね。」
 「そうですか。ありがとうございます。」
 「なんだがね。実は・・・、君には内密に頼みたいことがあってね。」
 「内密・・・にですか。」
 「そうなんだ。実は近々本店で支店長会議があってね。そこで今回の顛末について頭取他役員たちに説明をしなければならないんだ。」
 「はあ、そうですか。で、私に何を・・・?」
 「ああ、君はその何ていうのか情報管理とかに詳しかったよね。それで君なら出来ると思うんだが、銀行内に幾つかある防犯カメラのビデオ映像を取り出して欲しいんだ。その・・・支店長会議の時の資料としてね。」
 由里はすぐにピンときた。内密にあの防犯カメラのビデオ映像を事前に始末してしまおうと思っているのに違いなかった。
 「あ、銀行周辺にはマスコミ関係者とかがうろちょろしてるからね。私が社用車で迎えに行って、地下駐車場から誰にも見られないように銀行内に入れるように手配するから心配はいらない。そこは任せておいてくれ。」
 由里は何と答えるかちょっと迷った。実物は既に犯人グループのリーダーに自分がコピーして渡してしまい、コンピュータに残ったデータは消去してしまったのだ。
 「あの時の防犯カメラの映像は・・・・」
 (犯人たちに)と言いかかって言葉が止まった。
 「あの映像は、警察が既に押収してしまってます。警察署で問合せを受けた際に回収できる場所を教えておきました。犯人を特定する大事な証拠品なのですべて警察で保管すると言っていました。」
 「えっ。ああ、何てことだ。・・・。あ、いや。支店長会議で報告に使おうと思っていたのに・・・。そうか。ならばもう銀行側では誰もあれを観ることが出来ないんだな。」
 由里は咄嗟に嘘を吐いたのだ。
 「そういう事になりますね。すみません。お役に立てなくて。」
 由里は最後の言葉は半分嫌味でそう付け加えられたのだった。そう話して電話を切ると風呂に入る為に由里の半ばトレードマークともなっている黒縁眼鏡を外したのだった。

良子

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