妄想小説
銀行強盗 第二部
十
「何で逃しちゃったんですか?」
公園から帰る車中で運転中の早崎が憤慨するように良子に質問する。
「あれは、ダミーよ。アプローチが今までのと比べて安易過ぎるわ。それに声が違っていた。多分、前回私を襲ってみて、次はどんな対策をしてくるか見極める為に誰かを雇って試してみたんだと思う。その位、注意深くて用意周到な奴よ。多分、銀行強盗を仕掛けた時に雇った連中とも違う男だと思う。捕まえて吐かそうとしても何も知らない下っ端雇われ人に違いないわ。」
「そうですかねえ。」
「早崎君。今回の犯人は相当頭のいい切れ者よ。一筋縄ではいかないわ。これからはかなりの頭脳戦になると思って取り掛からないと。」
「え? というと、ある程度こういう展開になると読んでいたんですか? その刺激的な格好もわざと?」
「あら、早崎君でもこういうのって刺激的?」
「そ、そりゃあ、そうっスよ。」
「襲いたくなっちゃう?」
「あ、まあね。相手が先輩じゃなかったら。」
「どういう意味かしら? まあ、いいわ。帰ったら作戦会議よ。」
「わかりました。あ、四葉銀行の才川さんからも情報が届いているんです。アパートに着いたら早速、相談しましょう。」
良子のアパートに着くと、才川由里から返事があって、貸金庫契約者のリストと契約者の顔写真を受け取った旨を良子に伝えた。そして夜を徹しての、放送事故映像と契約者の顔写真との照合作業が良子のアパートで始まったのだった。
才川由里が送ってきた上窪支店の貸金庫利用者リストとその登録者の顔写真を観ながら、防犯カメラの映像を良子と一緒にずっとチェックしている早崎だったが、作業をしながらふと我に返ると、昨夜とその夜の良子のあられもない姿を思い出してしまう自分に気づくのだった。
「あ、これ。これじゃないですか。」
突然早崎が大声を挙げる。良子が、自分がチェックしていたパソコンから目を上げ早崎のチェックしているパソコンの方へ歩みよる。
「間違いないわね。これよっ。」
画面に映っている逃走中の客と思われる静止画像の顔と、貸金庫顧客者リストの顔写真データは間違いなく同じ人物のものであることが判明したのは明方近くだった。
「こいつの名前、あべ・きよあきっていうんですかね。安倍清明って確か平安時代の陰陽師にそんなのがいたなあ。」
「免許証の名前だから本名でしょうね。親が洒落でつけたんでしょうけれど、それにしてもね。」
「本人も意外と自分は陰陽師の生まれ変わりだなんて思っていたりして・・・。」
「まあ、それはともかくとして、住所を調べて。」
「あ、はい。今・・・。えーっと、あ、賃貸マンションのようですね。エクセレント・レジデンス。結構セキュリティのしっかりしたマンションのようです。24時間体制で管理人常駐って書いてあります。」
「急ぎましょう。嫌な予感がするので。」
まだ夜明け前だったが、早崎は良子を乗せて車を出す。
「ああ、502号室の安倍さんね。あ、昨日、引越されてますね。引継のメモによると、相当急ぎの引越だったみたいで、まだ家財道具なんかは残っているものもあるけど、全部処分予定と書いてあります。」
「しまった。遅かったか。管理人さん、引越先は?」
「あー、今んところ判りませんね。引継メモには後日連絡予定と書いてありますね。相当、急ぎの引越だったみたいで、もしかするとまだ仮の引越先なんじゃないですかね。」
「引越業者は?」
「使わなかったみたいですね。だから大型家具なんかは置いていったんじゃないでしょうか。」
良子と早崎は掴みかけた糸口がプツンと切れたのを感じた。
(ひょっとして・・・。)
良子はまだ朝の早い時間だったが、才川由里に電話を掛けてみる。
「由里さん、こんな早い時間に申し訳ないんだけど・・・。」
「ああ、全然大丈夫です。私、朝は早いほうなので。」
「それでね、もしかして昨日、銀行に犯人らしい男が現れなかった?」
「あ、じゃやっぱりそうだったんだ。実は、雰囲気が犯人のリーダーだった男に似ているような客を見かけたんです。鍔の大きなキャップを被ってサングラスをしてたんですけど、何となく似ているような気がして。でも、はっきりしないので電話まではしなかったんですけど。もっとも、銀行強盗が来た時も犯人たちはずっと目抜き帽を被っていたから顔を見た訳じゃないし、背格好とか雰囲気とかが何となく似ているぐらいのことでしかなくて・・・。」
「もしかして、その男、貴方に気づいたんじゃない?」
「え、一瞬、目があったみたいで。そしたらすぐに窓口にも来ないでそのまま出ていっちゃったんです。」
「やっぱり・・・。」
良子は犯人が女性銀行員の中に一人だけ強盗に入った当日にも居た女性がまだ居ることに気づいたのだと思う。
「ねえ、早崎。犯人は何か気づいたみたいね。これは急がなくちゃ取り逃がすわ。」
「高跳びですかね。」
「あり得るわね。どうしよう・・・。そうだわ。こうなったら、イチかバチか賭けてみしかないかもしれい。」
良子はある大胆な手を考えていたのだった。
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