回想2

妄想小説

銀行強盗 第二部



 四

 休憩後の二回目の査問委員会は一回目に反してまったく盛上りに欠けるものだった。良子が支店長を三回射精させた後、下着姿にさせられて一人、二階の応接室に連れ込まれ半裸状態で吊られて晒し者にされたことはMBS放送局の撮影クルーからの証言で既に明らかになっていた通りであったし、それまでの事象に比べ刺激的なものが少なかったせいもあったのだろう。最後に良子が受けた仕打ちに関しても、その救助にあたった女性捜査官の気転によって、利尿剤と浣腸液による失禁と脱糞という粗相の事実は伏せられていた為、監察官たちのそれほどの興味をそそらなかったこともあったと言えた。
 良子の方では、あの二階に拉致された時点でヘリによる逃亡はフェイクであることが分かっていて、それを何とか伝えようとしたが口をガムテープで塞がれ阻止されたことは捜査当局に何としても伝えたいことだったのだが、途中から良子にはその意志はそがれていた。査問会議の主目的は犯人を捕らえることではなく、警察本部としての失態を誰のせいにすべきかということについての調査と、良子が受けた凌辱の仔細を知りたいという男性としての個人的興味に過ぎないことが段々分かってきたせいだった。

 その一日後、警察当局は記者会見を開き、銀行強盗強奪事件は犯人逃走のまま未解決であるのは大変に遺憾であるが、放送事故によって被害に遭われた女性銀行員達のプライバシーを慮って今後は水面下にて捜査を継続すること、一切の報道取材には応じないことを宣言して、実質的な捜査会議の解散を正当化したのだった。また、犯人逃亡という失態に至った原因は、当事者となった人質内に居た警察官の初動処置の不適切さと、放送局による速やかなる通報が為されなかったことへの批難を暗に匂わせるだけに終わっていた。
 警察当局内の処分としては、当該上窪署の署長、刑事部長、刑事課長の更迭人事は為されたものの、当該者である良子こと、水野巡査部長及びその部下の早崎巡査部長については訓告注意という実際には何も行われていない処分でお茶を濁すことになった。良子自身はそれは、余計なことはそれ以上詮索しないことという口止めに過ぎないことは充分理解していた。

 マスコミへの非難の矢面に立っていたMBS放送局側では、報道の担当プロデューサ、ディレクターの解任という形で世間への申し訳の処分をしてはいたが、その両人に責任が無いことは重々承知していた。全ては世間を納得させる為のフェイクの人事であった。その上で、新プロデューサ、新ディレクターの元で、世間の目を放送事故の被害者となった全裸画像を全国中に晒されてしまった女子行員達から逸らす為に、新たに銀行内で孤軍奮闘した一人の女性警察官として水野良子巡査部長を大々的に美人人質警官として取り上げ、世間の目をそちらに逸らすことにやっきになっていた。

 また被害の実質当事者である四葉銀行では頭取直々の事故対策会議の中で、内密裡に実施された聞取り調査で、支店長の失態や、支店長を含めた数名の男性行員の強姦志願名乗り上げの事実などから訓告解雇の処分が下された。放送事故の被害となった女子行員達は一人を除いて全員が過分とも言える退職金を貰った上での依願退職となった。唯一人退職を希望しなかったのは、同じ様に全裸画像を晒させられたものの、美貌の差異から報道カメラからも野次馬の動画カメラからも殆ど注目を受けずに明瞭な画像をアップされなかった情報管理技師の才川由里だけだったのだ。

 「で、早崎巡査。あなたは査問会議は受けたの?」
 自分と同じ様に謹慎処分で自宅待機を命じられていた筈の部下である早崎巡査は早々に謹慎を解かれたというのを聞いて、密かに良子は早崎を呼び出したのだ。良子はマスコミからも追われていたし、警察側にも早崎を呼び出して内密に話をしていたなどということがバレる訳にはいかなかった。それで、サングラスに帽子の格好でカラオケクラブの一室に籠り、マスコミには面が割れていない早崎に来て貰うことにしたのだった。
 「あ、まあ形だけですけどね。10分も掛かりませんでしたよ。まあ、俺みたいな下っ端は鼻っから大した情報は持っていないと思っているようです。」
 「何か、持っているの? 大した情報とか・・・。」
 「勿論ありませんよ。でも、先輩が知りたい情報ならいろいろ知ってますけど。」
 「署内の事ね。最近やっと、私の気持ちが読めるようになったみたいね。」
 「バディを組んでもう三年ぐらいになりますからね。で、何から知りたいですか?」
 良子はやはり早崎を呼んで正解だったと心の中で大きく頷く。
 「捜査はその後、何か進展してるの?」
 「捜査会議そのものは、俺には参加させてくれてませんけど同期の男がいろいろ教えてくれるんでだいたいのところは判ります。はっきり言って、何も進展していません。とにかく犯人たちの消え方があまりに鮮やか過ぎて・・・。」
 「犯人の事、褒めてても仕方ないわね。銀行の防犯カメラの映像は入手してるの? 私の査問会議の時にその事を訊いてみたんだけど、私のひと言を聞いて慌てて調べにいったような感じだったんだけど。」
 「あ、それね。多分、その査問会議中に慌てて銀行に問合せしたみたいなんですけど。犯人グループが逃走前にデータを全部持ち出して消去していったそうです。」
 「全部・・・? おかしいわね。」
 「バックアップとか無いかも訊ねたようなんですけど、何せ銀行のコンピュータシステムにウィルスまで仕込んで銀行全体のシステムを動かせなくしちゃったんでそれも駄目だったそうです。」
 「ふうん・・・。で、銀行のシステムは復旧したの?」
 「まだ、ほんの一部だそうで三日間は営業停止をせざるをえないだろうとの事です。」
 「また、結構派手なことをしたのね。そいつら。」
 「銀行は大打撃でしょうね。」
 「えーっと、私の個人携帯から掛けた110番通報を受けた通報センタは何て言ってたの?」
 「あ、私が連絡を受けたんですけど、無言電話が掛かってきていて、また何時もの悪戯電話だろうというんで逆探知を掛けたらしいんですよ。そしたら契約先が先輩のプライベート電話だってことが判明したらしくて問い合わせてきたんだそうです。」
 「無言電話・・・?」
 良子は当時の事を思い出す。
 (携帯電話を気づかれないように床を滑らせて観葉植物の鉢の裏に置いたのと、犯人グループの声明がほぼ同時だったので、その時はまだコール中だったのだろう。もうちょっと長く電話音声を聞いていてくれたら・・・。)
 「で、警察官が無言電話をする筈もないだろうというんで、こっちに問合せが来たんです。私の方も先輩が何時もの時間に現れないんで、変だなと思ってプライベートの方に掛けたらお話し中だったんで、公用携帯のほうに掛けたんです。」
 「そうだったのね。あの電話は拙かったわ。あれで、警察官が居るというのがバレちゃったんだもの。」
 「済みません。俺のチョンボです。まさか銀行強盗の現場に居るなんて思いもしなかったんです。」
 「いいのよ。ちょっと出勤が遅れたぐらいで銀行強盗に出くわしているなんで普通思わないもの。本来は110番通報局が気づかなくちゃ。」
 「ですよね。もし通報局のほうで先輩が銀行強盗の現場に出くわしているみたいだって連絡してきたんなら、すぐに公用携帯のGPS探索を掛けたんですけど。」
 「そうね。でもその電話をあいつらが取ったもんだから、あなたの声を聴いてすぐに電源を切られてしまったの。」
 「そうだったんですか。」
 「110番通報局が私のプライベート携帯からの無言電話だと気づいた時に、もう一台の公用の方のGPS探索は掛けなかったのかしら・・・?」
 「そういう話題は特に出ませんでした。してたらその時点で四葉銀行に居ることがすぐ判明した筈ですから。」
 「え、じゃあ警察側に四葉銀行で銀行強盗事件が起きてるってわかったのは何時なの?」
 「あ、それはテレビの報道番組でです。たしか、MBS放送のアフターファイブって番組。現場近くの別のビルから生中継をやってたんです。」
 「え? それじゃ、テレビが中継する迄警察側は何にも気づいていなかったっていうの?」
 「・・・。申し訳ありません。そういう事です。」
 「あなたが謝る話じゃないわ。だって、私の公用携帯に電話する時に他の上司とかにも相談しなかったんでしょ?」
 「そ、それが・・・。実は、署長には相談はしてたんです。そしたら、もう一台電話があるんなら即刻そっちに掛けろって一喝されまして・・・。」
 「ま、何て愚かな・・・。いいわ。で、今は何に着目して捜査してるの?」
 「そ、それが・・・。どうも、捜査会議とは名ばかりで、捜査をするというより、今回の警察としての大失態は誰のせいなのかという責任追及と、これ以上内情がばれないようにどう情報統制するか・・・みたいなことばかり話し合っているらしくて・・・。」
 「ほんとなの、それっ? わかったわ。もう警察組織を当てにしてても始まらないわ。自分で調べるしかないみたいね。」
 「あ、先輩・・・。俺にも手伝わせてくれませんか?」
 「あなた、本気? 下手すれば懲戒免職よ?」
 「先輩がやるんなら、俺も一緒にやります。懲戒免職なんて、怖くありません。何せ、もう既に一度査問会議を受けている身ですから。」
 「・・・・。そう、わかったわ。覚悟があるのね。だけど、あくまでも慎重にね。いいわね?」
 こうして良子と早崎巡査だけの単独捜査が始まったのだった。

良子

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