警官出演

妄想小説

銀行強盗 第二部



 十一

 「え? 本当に出演していただけるんですか・・・。」
 電話を受けたのはアフターファイブの新プロデューサになった男だった。あの事件以来、アフターファイブも視聴率が低迷気味だった。放送事故のこともあったし、代わりに取り上げてきた美人人質警官の話題作りも、すぐにネタ切れで飽きられてきていたのだ。何せ、本人の顔写真一枚しかないのでは番組の作り様もなかったのだ。それが実の本人から出演のオファーが来たのだった。
 「アフターファイブのトップで出て頂けるよう準備致します。・・・。ええ、勿論、目隠しの付いたワゴン車で迎えに上らせていただきます。・・・・。ああ、勿論ですとも。放送までは絶対の秘密を守りますので、ご安心ください。・・・・。ああ、こちらこそ宜しくお願い致します。」
 新プロデューサーは願っても無い朗報に舞い上がっていた。すぐさま番組編成の緊急会議がセットされ、番組スタッフが集められた。

 「はあ、そうだったんですか。現場ではそんなに大変なご苦労があった訳なんですね。我々も今までは内部の様子がただ想像するしかなかったものですから。」
 良子は捜査情報に関わることは極力出さないようにしながらも、テレビを見ている視聴者の好奇心をくすぐるようなことをちらり、ちらりと明かしながら当時の状況を説明したのだった。」
 「そろそろお時間になるのですが、最後にこの事件の今後の進展について何か一言お願い出来ませんか?」
 「皆さまには大変なご心配とご苦労をおかけしたかと思うのですが、つい最近ある関係者から重要な情報が得られ、それをもとに警察全体が鋭意捜査を進めておりますので、近々大きな進展が得られるものと考えております。」
 「そ、それは・・・。やはりどんな情報かは明かしてはいただけない・・・のでしょうね?」
 「あ、勿論捜査情報にあたりますので、その辺は、今時点ではご勘弁頂きたく存じます。」
 「そうですか。本日は貴重なお時間を我がMBS局の為に割いていただき、アフターファイブのスタッフを代表しましてお礼申し上げます。本日は、上窪署・刑事課に御勤務の水島良子巡査部長にお越しいただきました。水島さん、どうもありがとうございました。一旦、CMに入ります。」
 良子は終了の挨拶もそこそこに早崎が待つ地下駐車場へと急いだのだった。

 「大丈夫ですかね、先輩。こんなことして・・・?」
 「多少の処分は覚悟の上よ。それよりも、今チャンスを狙わなかったら本当にこの件はお蔵入りになっちゃうわ。そうなったらそれこそ、警察全体の恥さらしだわ。」
 「そうですね。でも、うまく引っ掛かりますかね。」
 「多分、来ると思うわ。だから、いつでも出動出来るように待機していてね。」
 「了解です。お気をつけて。」
 早崎は良子をアパートの少し手前で下すと、誰にも見つからないようにそっと待機場所へ向かうのだった。
 自分のアパートに戻った良子は出掛けられる準備を整えておいてから、先日の廃ビルで凌辱された夜のことを振り返っていた。安倍という男は用意周到な男であるのは嫌というほど分かっていた。おそらく今度も自分が何も抵抗出来ないような状況にしておいて、それを確認してから近づいてくるに違いないと踏んでいた。
 (こちらもちょっと準備しておいたほうがいいかもしれない・・・。)
 良子はあらゆる場合を想定して準備しておくべきことを考えるのだった。

 『お前はいったい何を考えてそんな行動をしてるんだ』そんな怒りの電話が遅かれ早かれ頭から湯気をたてた署長や刑事部長から掛かってくるのは目に見えていた。なので、公用の携帯は電源を切ってあった。プライベートな方は署内では早崎にしか教えていない。早崎も公用の携帯はきっと切っているに違いなかった。犯人、安倍からの電話はプライベートの方に掛かってくる筈と信じていた。前回もそうだったからだ。警察の電話は盗聴されると考えているのだろう。
 安倍からの電話は夜の9時かっきりに掛かってきた。
 「美人人質警官の水島良子巡査部長だな?」
 「ええ、そうよ。あなたはこの前の犯人グループのリーダー格の人ね。」
 「声はちゃんと憶えているようだな。」
 「そりゃ、警察官ですもの。」
 「お前、もう一つ警察用の携帯を持っていたよな。」
 「え、ええっ・・・。」
 「今から言う番号にすぐに掛けるんだ。」
 良子は空いている方の片手で公用の方の携帯の電源を入れると男が言う電話番号をメモする。公用の方には案の定、所轄署からの着信が山のように届いているのがちらっと見えた。
 「ここへ掛けるのね。いいわ。」
 良子が言われた番号へ公用携帯から掛けると、同じ男が出た。男も二つ携帯を手にしながら電話している風だった。
 「いまから、この二つの電話は繋ぎっぱなしにするんだ。そしてすぐにアパートを出ろ。行く先はこの電話で指示するので、その通りに動け。」
 「わかったわ。」
 良子は必要最低限の物だけショルダーバッグに入れると、二つの携帯を手にしてアパートを出た。歩きながら二つの携帯を繋ぎっぱなしにさせている訳を考えた。この電話が掛かってきたことを早崎や他の警察の連中に連絡させない為なのだろう。しかし公用の携帯にはGPS位置探査機能が付いていることは向こうも知っている筈だった。
 男の指示でアパート最寄りの地下鉄の駅へ出る。相変わらず携帯は二つとも繋いだままだ。都心に向かう路線に乗るように指示される。電車内ではさすがに電話をする格好をするのは憚られた。いつも持参しているイアホンをプライベートの方に挿して耳に付ける。
 「電車は混んでいるのか?」
 「いいえ、空いているわ。」
 イアホンからの男の声に良子は辺りを憚って小声で返答する。
 「そうしたら公用の携帯の方をハンカチか何かで包んで目立たないところに置け。」
 「目立たない・・・? わかったわ。」
 良子は網棚の上にハンカチで包んだ携帯をそっと載せる。
 「そのまま公用の携帯は電車内に残して次の駅で降りるんだ。」
 「わかったわ。」
 良子は犯人の意図にやっと気づいた。GPSで追跡可能な携帯を繋ぎっぱなしのまま電車で移動させようというのだ。地下鉄なら車内放送で電車内に置きっぱなしになっているかが確認出来るという事なのだ。そしてそのGPS位置情報を頼りに追跡すると、とんでもない所に誘導されてしまうのだ。
 地下鉄を降りた良子は地上へと誘導される。そこはビルの立ち並ぶオフィス街だ。夜も更けてきているので、明りの落されているビルも多かった。目の前に一際目立つ大きなシティホテルがあった。斬新なデザインでビルの外側を向いたエレベータが三基あって、それらが時々上へ、下へと蛍のように明りを灯しながら行き来しているのが見える。外から見られることより、エレベータを使っている際に、外の都会の夜景を楽しめるように作ってあるのだ。

Tower elevator

 「エレベータが外向きについているホテルのビルが正面に見える筈だ。」
 「見えるわ。」
 地下鉄を降りた時から、再びイアホンは外していた。
 「そのホテルに入って一番左側のエレベータで10階まで上がれ。」
 「わかったわ。」
 指示どおりホテルに向かいながら、男がどういう策を考えているのか先回りして考えようとするが思い浮かばない。取りあえず一階入り口のフロントは素通りして客の振りをしながら指定された10階へと一番左側のエレベータを使ってあがる。二階を過ぎると目の前に都会の夜景が広がる。明かりを落としたビルも多いが、それでも宝石箱のように煌びやかな夜景が目の前に広がっていく。
 「10階についたわ。」
 「左に出て一番奥にトイレがある。男子用のだ。これで通話は終りだからよく聞いておけ。入ってすぐの洗面台の脇に紙袋がある。個室に入って着ているものを全て脱いで全裸になるんだ。服を荷物やこの携帯も一緒に袋に入れて個室に置いたまま外に出るんだ。」
 「え? 全裸で外に出ろっていうの?」
 「そうだ。そして全裸のままさっきのエレベータで37階まであがれ。エレベータの中では両手を肩より上に挙げて、何回か庫内でぐるぐる廻って身体をよく見せるんだ。37階に着いたら観葉植物の鉢がある。その後ろに指示が書いてあるからそれに従え。以上だ。」
 「ちょ、ちょっと待って・・・。全裸でエレベータに乗ったりするなんて、もし誰かに出遭ったらどうするの?」
 「それはお前に運がなかったということだ。何とでも言い繕え。指示はそれだけだ。」
 ツーっという音に変わって電話が切れてしまう。
 (何てこと・・・。)
 良子には男の意図がだんだん見えてきた。多分、向かいのビルの何処かに男は潜んでいて、双眼鏡かなにかでエレベータを監視しているのだ。言い付けどおり裸でエレベータに乗ったかを確認するつもりなのだろう。全裸にしたのは、何も持っていないことを証明させる為に違いなかった。
 (もう後には引けない)そう考えた良子は男子トイレに急ぐ。誰も入っていないことを気配で確認してから洗面台に置いてある大きな紙袋を取ると個室に入る。意を決して服を脱ぐのだった。
 (誰も来ませんように・・・。)
 祈るような気持ちでエレベータを呼ぶ。停まっていたエレベータがすうっと上がってくる。何処にも止まらないので、おそらく空の筈だ。すうっと扉が開く。
 (空だったわ。)
 滑り込むように中に飛びこむと37階のボタンを押す。すぐに外の夜景が広がる。しかしそれは同時に自分の裸の身体を外に晒していることを意味しているのだった。指示のとおり、胸も股間も隠すことが出来ないで、両手を上に挙げてゆっくり庫内で身体を廻し、何も持っていないことをおそらくは双眼鏡で見ている筈の男に晒すのだった。
 ピン・ポーン。
 音がして37階でエレベータが止まり、扉が自動で開く。良子は薄暗い廊下に飛び出ると観葉植物の鉢を捜す。確かに隅にドラセナのような人間の背丈ぐらいの鉢植えがあった。近寄ってみると小さな袋がそっと置いてある。
 中身は想像通り、アイマスクと手錠と手紙だった。
 『アイマスクをして手錠を後ろ手に掛け非常階段の踊り場に出て待て』
 指示は簡単だった。とにかく何時誰かが現れるかわからないので、小袋からアイマスクと手錠を取り出すと非常階段の入り口へ急ぐ。
 ガチャリと音がして、自分の両手が背中で拘束されたことを知る。もう何も抵抗は出来ないのだ。男が来るまでに誰かに見咎められないか、そればかりを心配していた。しかし本当は男が現れた後のほうが心配な筈なのだった。

良子

  次へ   先頭へ




ページのトップへ戻る