才川由里

妄想小説

銀行強盗 第二部



 五

 「あ、貴方はあの時の・・・。」
 早崎巡査が才川由里を連れて喫茶店に入ってきたのをみて、サングラスを外した良子をひと目見て、由里は誰だか気づいたようだった。
 「覚えていてくれたのね。」
 「だって、忘れようもないわ。みんなの為に犠牲になってくれた方ですもの。」
 「犠牲・・・ね。」
 良子にとってもそれは苦い思い出だった。
 「私は今、大っぴらに表を歩けない立場なの。マスコミに追われているので。」
 「知ってます。連日、テレビで報道してますもの。人質になって一人で犯人グル―プに立ち向かった美人警察官って・・・。」
 「まあ、美人は余計だけど。あなたも、勇気あるわね。この早崎から聞いたんだけど、事件の時に居た女性銀行員で今も残っているのは貴方だけだそうね。」
 「私は他人から美人て言われるような風貌じゃないから。出回ってしまった全裸画像でも私も居たのに、殆ど映ってないしネット上にアップもされてないので。」
 「あなた、銀行では情報管理係をやられていたって聞いたのだけど、そう?」
 「ええ、一応・・・。」
 「犯人たちは、防犯カメラの映像を全部持ち去ったっていうのだけど・・・。」
 「ええ、私がコピーして渡しました。勿論、脅されてですけど。その上で、銀行側に残っていたデータは削除させられて。ウィルスの入ったUSBメモリを銀行のパソコンに挿したのも私です。勿論それも脅されてのことですが・・・。」
 「今、全部って言ったわよね。でも、彼等が立ち去る時の映像は持ち帰る訳にはゆかなかったんじゃ・・・。」
 「ええ、でもその為にシステムをウィルスに感染させて、システムダウンを起させたんだと思います。おかげでまだ修復作業に追われてますけど。」
 「彼らがコピーをして消去した後の映像って、修復は可能・・・?」
 「はっきりとは言えませんが、おそらく残っているのではないかと思います。システムが無事立上れればの話ですが・・・。」
 「見込みは?」
 「どんなシステムでも完全に修復不能ということはあり得ないと思います。時間は掛かると思いますけど。」
 「ね、もしデータが修復出来て彼らが持ち去った以降の部分でもいいから見つかった場合には、こっそり私に連絡をくれない? この事は貴方の身の危険にも関わることなので。」
 「そうですよね。それにもう一人、あの時のデータをこっそり欲しいって人が居ましたから。」
 「元支店長の方ね。」
 「よく判りますね。そうです。でも、警察に押収されたと嘘を吐きました。あの人、自分だけ言い逃れをしようと、こっそり防犯カメラの映像を寄こせって、私のところに電話してきたんです。」
 「でも警察は押収出来なかったんでしょ?」
 「ええ、システムが壊されてしまいましたから。でもあの男には脅しを掛けてみたんです。警察にあの映像は渡っているぞって。」
 良子の脳裏にはあの時支店長が自分にした事がチラッとよぎった。
 「そう・・・だったのね。」
 「私、捜査には協力します。内密に動かれているのでしょ? 警察からはあの後、何の問合せもありませんでしたから。」
 良子は目の前の娘が警察の内部の事まで推察していることに驚きを隠せなかった。
 「ありがとう。決して貴方に危害が加わることはないようにしますから。よろしくお願いします。」
 良子は度のきつそうな眼鏡を掛けた、一見美人には見えないが強い意志は感じられる才川由里に深くお辞儀をして見送ったのだった。

 MBS放送局にはわざとアポ無しで早崎と向かった良子だった。あの日のアフターファイブの担当プロデューサーと担当ディレクターは既に更迭されて地方局に飛ばされている事は聞いていたので、直接の担当者を指名したのだった。
 「で、でも、あの時の録画Vを提出しろと言われましても、上司の了解を取り付けないと・・・。」
 あきらかに担当のアシスタント・ディレクターは狼狽していた。何せ、サングラスを取った女性があの時自分等が必死で撮影していた当の本人だったからだ。
 「この件は他の放送局やマスコミがこぞって追っ掛けていますよね。ですからこちらも事を公にしないように密かに捜査を進めています。御協力が頂けないようなら、公式の場から要請しますが、宜しいですか。貴方たちは当事者ですよ。いいですか。今の貴方たちの上司は当事者ではない筈です。貴方達を守ってくれる立場とは思えませんが。」
 良子はそれでなくとも怯えておどおどしているアシスタントディレクターを一喝するように言った。ビデオを押収する為の令状は勿論取っていない。その為、多少のはったりは必要なのだった。
 「わ、わかりました。い、今、お持ちします。」
 「放映された問題の映像だけでなく、放映されなかった部分もですよ。念の為。」
 そう言ってあの日、放送事故として有名になってしまったアフターファイブでの女性行員が全裸で逃げ惑うシーンの元ビデオと、それと同時並行で銀行の二階部分を隣のビルから撮影した良子自身が屈辱を受けたシーンを収めたビデオを警察本部とは内緒に押収したのだった。
 女性行員が裸で逃げ惑うシーンは早崎と何度も一緒に再生してみた。なにせ、その中に犯人グループの人間が混じって映っている可能性が高いからだ。犯人グループは最初銀行に入ってきた時は普通を装って目抜き帽などは被っていなかった。しかし良子も彼等の顔まではしっかり記憶はしていない。背格好から似ているぐらいまでしか特定は出来そうもなかった。
 もう一つの放映されなかった方の映像はさすがに早崎と観ることは憚られ、自分一人で観て、何が映っていたかだけを早崎に教えることにした。映像は良子の排泄の一部始終をしっかり捉えていた。テレビのクルーたちはこの映像を何度も観たに違いなかった。放映されなかったのが、良子にとってはせめてもの不幸中の幸いと言えたかもしれない。

 その翌日の事だった。謹慎中の良子の自宅に電話が掛かってきたのだ。
 「あの、早崎という警察の担当の方にこの電話番号をお聞きしました。御本人に直接お話ししたいと申し上げたのです。」
 声は忘れたくても忘れようもないものだった。既に支店長の役は解任されているが、あの日のおぞましい感触は思い出すのも不快だった。
 「支店長だった方ですね。・・・。そうですか。関連会社の倉庫の管理人をされていると。・・・・。ええ、聞いております。・・・。え、内密にですか?」
 内密に二人だけで話がしたいと切り出され、良子は不安に駆られる。しかし、手掛かりとなるものは何一つとも見逃したくなかった。
 「判りました。XXXホテルですね。・・・・。明日、夕方4時に。・・・。わかりました。参ります。ではその時に。」
 ホテルの一室で二人だけで会う。それだけでも充分危険だと思った。しかし、何かの手掛かりが掴めそうな予感が良子にはしたのだった。

良子

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