電話依頼

妄想小説

銀行強盗 第二部



 七

 「そうなの。これは由里さんにしか頼めない事なの。」
 「貸金庫を利用していた人のリストですね。大丈夫です。私は、あの銀行の情報管理主任ですもの。こういう事が一番得意とも言えます。多分、口座登録した際の身分証明書も閲覧できますので、写真付きでデータがお渡し出来ると思います。是非、やらせて下さい。」
 「助かるわ。それから・・・。このことは。」
 「他の警察の人には内密に・・・ってことですよね。勿論です。私だって、こんなことが銀行の幹部にしれたら首が飛びかねないですからね。」
 「貴方には迷惑がかからないようにしたいの。くれぐれも注意深くね。」
 「了解です。」
 良子は早速、四葉銀行の才川由里に内密に調査してくれるように頼みこんだのだった。このことは、上窪署内でも、勿論本庁にも内密の調査だった。知っているのは良子と早崎の二人だけだった。
 その早崎が連絡してきたのだった。
 「今、110番通報局の記録を調べてきたんですが、変なんですよ。良子先輩のプライベート携帯から掛かってきた通話の録音を聞かせて欲しいっていったら、妙にしどろもどろになって捜査資料だから今は持ち出せないっていうんですよ。言い方が変だったから、そうですかってすぐに引きさがって。でも、あそこには警察学校時代の同期が居て、そいつに頼み込んで内密にテープを持ち出して貰ったんですよ。それで聞いてみたら確かに無言電話なんですけど、妙に音が小さいんですよ。雑音含めて。あれ、何か操作して上書きされている可能性がありますね。」
 「上書きですって? 何の為? まさか・・・。」
 「私もその可能性が高いと思います。本当は銀行強盗犯の声とかも入っていたんじゃないかと思うんですよ。それを聞き逃してしまって逆探知のほうばかりに気を取られていて気づかなかったんじゃないかと思うんです。ちゃんと聞き取っていれば、もっと早くに手が打てた筈なのに。」
 「まだ、推測に過ぎないわ。でも確かめてみる必要はあるわね。いいわ。明日、四葉銀行に赴いて私の携帯をあの時置いた場所にもう一度置いてみて、貴方の携帯に掛けてみるわ。どの程度音が拾えるのか。」
 「そうですね。検証しておいたほうがいいかもしれません。」
 その日は捜査はもうそれで終わりにするつもりでいた良子だった。その良子に夜遅くになって宅配便が届いた。コンビニから配送されている分厚い紙包みだった。配送主は知らない地方の住所になっていて、水島繁雄と書いてある。自分と同じ住所なのは、田舎にいる父親が娘に何か送ったというのを装った偽名だとすぐに気付いた。
 中からは警察手帳のようなものが出てきた。しかし、それはすぐに偽装して作られた贋物であると気づく。かなり精巧には出来ていて、普段見慣れている警察官ではなく一般素人がみたらまず見分けがつかないだろうと思われた。顔写真の部分にはちゃんと自分の顔が貼られている。
 (あの時、奪われた私の警察手帳からコピーして作ったものだわ。)
 警察手帳の模倣品は闇の世界で密かに作られて出回っているらしいことは、警察内ではかなり知られていることだった。そういう業者が存在するのだが、まだ摘発はされていない。
 その時、やっと自分の警察手帳が犯人に奪われていたことを思い出した。どうしたものか、迷ってまだ届けは出していないのだった。
 警察手帳とは別に細かく折り畳まれた紙片が出てきた。開いてみるとワープロのようなもので打たれた手紙になっている。
 『お前の警察手帳はこちらで預からせて貰っている。同封したのは当面困らないように贋物だが作っておいてやったものだ。贋物を所持していることを告発されたくなかったらこちらの指示に従うこと』
 脅迫文だった。警察手帳を取られているのはとても拙い事態だったが、ひとつの明るい事態でもあった。犯人が再度接触してくる気配が感じられたからだ。良子はとりあえずこのまま本庁には届けないで、犯人からの接触を待とうと決心した。一かバチで犯人を捕らえるチャンスが巡ってくるかもしれないと思ったからだ。

 その電話はほどなく掛かってきたのだった。相手は非通知になっていて知らない電話番号だった。
 「・・・・。もしもし。」
 「水島、良子だな。」
 聞き覚えのある声だった。四葉銀行の二階で吊るされた時に話しているので間違いないと思った。リーダー格の男だった。
 「貴方は、あの時のリーダー格だった男よね。」
 「さすがに警察官だ。ちゃんと憶えていたか。」
 「忘れる筈がないわ。ここへ掛けてきたということは、何か指示しようというのね。」
 「察しもいいようだな。この電話を切らずにすぐに家を出ろ。向かう場所はこの電話で逐一指示する。」
 「わ、わかったわ。」
 男が良子を案内したのは、良子が棲むアパートから歩いていける場所だったが、こんな場所があることは良子自身も知らなかった。
 そこは元公団アパートが連なる廃墟ビル群のある工事現場だった。近々取り壊しになるという看板が出ていて、勿論立ち入り禁止で工事用の防塵フェンスで囲われている。男が電話で指示してきた角まで来ると、防塵フェンスが一部壊されていて、人ひとりが擦り抜けられる隙間が空いている。良子は指示される通りに工事現場の中に滑り込む。もうかなり遅い時刻なので、人通りは殆どなかった。
 「103号棟というのがあるから、そこの最上階まで登るんだ。」
 「わかったわ。」
 身の危険は感じないではなかったが、殺意があるのならわざわざこんな面倒なことはしない筈だとも考えた。かなり古いアパートで、エレベータは付いていないようだった。あったにしろ、もう壊れていて動かないと考えるほうが自然だ。
 最上階は5階でさすがに少し息が切れる。非常階段の常夜灯だけが唯一の光源で階段から繋がる各階の廊下は常夜灯のある非常階段から離れるに従ってどんどん暗くなっていく。
 「最上階に着いたわ。」
 「504という部屋へ入るんだ。鍵は掛かっていない筈だ。」
 504というのは非常階段から三つ目で辛うじて部屋番号が読み取れるほどの明るさしかない。良子は手探りで廊下を進んで、504室の扉を開く。ギィーッという錆びついた音がしてドアが開く。中は全くの暗闇だ。試しに扉のすぐ脇のスイッチを入れてみたが、明かりはつかない。
 「ドアの左側の床にサーチライトが置いてある。それを拾って点けるんだ。」
 手探りで捜すと、すぐにサーチライトが見つかる。懐中電灯を大きくしたような工事現場で使うもののようだった。明かりを点けると部屋の様子が見て取れるようになる。空き家になって長いようで、家財道具のようなものは殆どない。ただひとつ、小さなテーブルのようなものが窓際に置かれている。元からあったようには見えず、持ち込まれたような感じのものだった。窓にはカーテン類は一切なく、窓も開け放たれていた。窓の向こうには隣の棟が暗闇の中にひっそり立っているのが見えるだけだ。
 「サーチライトを点けたままにして窓際のテーブルの上に置き、自分に向けておくんだ。」
 良子は向こうの意図をすぐに理解した。おそらく犯人は隣の棟の何処かに潜んでいるに違いなかった。サーチライトを自分に向けていると、向こうからはこちらの様子が丸見えになるに違いなかった。逆にこちらからは向こうの様子はサーチライトが眩しくて全く見えない。
 「部屋の中央に窓を向いて立つんだ。」
 「こっちの様子を隣の棟から覗いているのね。」
 良子は今から階段を駆け下りていって、隣の棟へ走っていって向こうを取り押さえることが出来るかどうか考えてみる。向こうの居場所も特定出来ていないので、間違いなく逃げられてしまうに違いなかった。取りあえずは相手の出方を待ってチャンスを窺うしかないと判断した。
 「まず着ているものを脱いで貰おうか。全部だ。」
 仕方なかった。それに自分の恥ずかしい格好はもう散々見られてしまっている。良子は窓のほうを向いたまま、ブラウスから脱いでいく。
 ショーツを降ろす時はさすがに躊躇いが出た。しかし所詮、言うことを聞くしかないのだと自分に言い聞かせショーツを抜き取ると今脱いだ衣服の一番上に置いて、携帯を耳に当てる。乳房も股間も隠すのは無駄だと諦めた。
 「お前の右後ろの隅に茶色のバッグがある。それを取ってきて、脱いだものを全部中に入れるんだ。ショルダーバッグもだ。」
 「分かったわ。」
 言われたバッグを取りに行って、自分の所持品は靴と携帯以外はすべてバッグに収める。
 「入れたわ。」
 「そしたら、バッグごと目の前の窓から下に放り投げるんだ。」
 男は用意周到だった。バッグを回収されてしまうと、もう逃げることも出来ない。しかし良子にはそうするしかなかった。
 「投げ落としたわ。これでお望みどおり?」
 「そんなに甘くはない。今度は左側の後ろの隅だ。そこに青い袋がある。それを取って来い。」
 「ああ、あれね。分かったわ。」
 良子が全裸の格好で部屋の隅に落ちている青い小袋を取りに行く。拾い上げる時、ガチャリと妙な音がした。部屋の真中に戻ってくると窓に向けて小袋を翳して見せる。
 「まず携帯をスピーカーホンに切替えるんだ。そしたら床に置いて、袋の中から手錠とアイマスクを出せ。先にアイマスクを着けてから、手探りで手錠を後ろ手に自分で掛けるんだ。手錠の扱い方は慣れているよな。」
 男は飽くまで抜かりなかった。良子に反撃の余地を全く与えないのだ。従うしかなかった。アイマスクを着けてしまうと視界は完全に奪われてしまう。それでも普段から扱い慣れている手錠は見ないでも嵌めることが出来る。
 「手錠を掛けたら、一度ゆっくりと身体を回してみせろ。手錠がちゃんと掛かっているか確認するからな。」
 床においた携帯のスピーカーから指示が聞こえてきた。
 「わかったわ。これでいいでしょ。」
 窓から反対向きになった際に、自分が両手首に掛けた手錠を向こうによく見えるように少し上に翳して見せる。掛けた振りで誤魔化すのは無理そうだと良子も判断したのだ。
 「そのままそこで暫く待っていろ。」
 その声を最後に携帯からは声が聞こえなくなったのだ。

良子

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