S150

早季子先生





 一

 「ここなのね。その人たちが居るのは。」
 早季子が連れてこられたのは、裏通りにあるひっそりとした古いビルだった。あたりには人影は殆ど無い。少し危険な気もしたが、もし何かあっても大声を出せば誰かが助けに来てくれるだろう。そう判断するとやはり最初の決心どおり乗り込むことにした。
 (何としてでも由紀子の写真と身分証明書は取り戻さなければならない。いざというときには警察へ訴え出ると脅せば彼等だって仕方無く返すに違いない。相手がまだ子供だと思って甘く見ているのだろう。大人の私が出ていけば・・・。)
 何となく早季子はそれで解決すると思っていたのだ。それが担任の教師である自分の責任であるとも思っていた。
 「先生、こっちだよ。このエレベータで階上へ上がれるんだ。」
 明と健二は薄暗い奥のエレベータへ早季子を案内した。
 三人が狭いエレベータに乗り込むと、明は慣れたように五階のボタンを押した。むっとするような閉じ込められた空気の臭いが鼻をついた。
 ギシギシという音をたてながら、エレベータは昇っていく。三人の中に沈黙がながれた。隅の壁に非常用の懐中電灯が置いてある。
 明が無言でそれを取り外し、点灯させる。
 「明君。何してるの。」
 早季子が不審そうに覗きこもうとすると、突然明はその点灯した懐中電灯を早季子の目の前に突き出した。
 強力なライトの眩しさに一瞬目がくらんだ瞬間エレベータ内の電気が消えて真っ暗になった。健二が後ろで庫内の電灯のスイッチを切ったからである。
 あたりは真っ暗闇であり、さっきの懐中電灯の眩惑で早季子は何も見えなくなった。
 と、思う間もなく自分の手首がつかまれ、そこに冷たい金属製のものが押し当てられたような気がした。
 「な、何をするの。」
 早季子には何が起こっているのかさっぱり分からない。目を凝らそうとしていると、もう一方の手首がとられ、背中のほうへ引っ張られた。次の一瞬、ガッチャリという音がして自分の手首の自由が奪われたのが分かった。

庫内


 手錠であった。気付いた時にはもう繋がれた後である。早季子は背筋に冷たい戦慄が走るのを感じた。
 明と健二はあらかじめ示しあわせてあった通りに迅速に行動した。スイッチを切る直前に目を閉じて暗闇に慣れておいたので、薄暗がりの中でも早季子の位置ははっきり分かった。赤ん坊の手をひねるように簡単なことだった。男たちから渡されていた手錠をポケットから取り出し、目の見えない女の手に掛けるだけのたやすいことであった。
 次第に目が暗闇に慣れてきて中の様子がみえそうになってきたところで、早季子の目は細いビロードの帯のようなもので目隠しされた。早季子は身をよじって逃れようとしたが、少年の腕で首根っこをしっかり抑えこまれた上に、両手の自由も奪われ、抵抗する術がなかった。
 「や、やめなさい。あなた達、どういうつもりなの・・・。初めから企んでいたのね。誰に頼まれたの、いったい。」
 しかし、少年たちからの答えはなかった。
 かわりに少年達の熱い掌が早季子の胸元と股間に押しあてられた。
 「い、いや。」
 思わず後退りした早季子だったが、後ろはもう狭いエレベータの壁である。その壁を背に身体を押し付けたまま、早季子は薄いワンピースの上からいいようにまさぐられている。少年のごくりと唾を呑む音が聞こえたような気がした。

 早季子には随分長い時間に感じられたが、やがてガタンと音がしてエレベータが止まった。目隠しの下からでも明りが差し込んでくるのが感じられ、扉が開いたのが分かった。
 突然、早季子は肩を掴まれ突き飛ばされるようにエレベータの外に押し出された。
 ワンピースの裾が絡まって床に転んでしまった。両手の自由を奪われているので手を突くことも出来ず、肩から転がってしまう。冷たいリノリウムの床が早季子の頬に当たった。
 「先生、それじゃあ。さよなら。」
 少年たちの声が聞こえると、背後でエレベータの扉が閉まる音がした。
 エレベータが遠ざかっていくのが分かる。

次へ TOP頁へ戻る


ページのトップへ戻る