犬首輪

新任教師 美沙子





  六

 男が入っていったのは駅前通りにある小さなペットショップだった。外に立っている訳にも行かず、美沙子は男に付かず離れずの場所で犬小屋の中の子犬を眺めている振りをする。が、男と店員の会話にぎょっとする。
 「犬の首輪はあるかい。色はそうだな、真っ赤なやつがいい。太めのやつで、鋲がいっぱい打ってあるようなやつだ。でっかい犬で、女の首くらいあるんだが。」
 美沙子は男の意図を知って、思わず後づさりしそうになる。
 「鎖も付けてくれ。両側に首輪に留める金具の付いたようなやつだ。」

 そこを出ると、店と店の間の細い路地の暗がりの中に美沙子は肩を掴まれ、いきなり引きづりこまれた。通りからは覗きこまなければ見られない。男は美沙子に今買ったばかりの赤い首輪をかざしてみせる。
 「どうだい、いいアクセサリだろ。似合うと思うよ。奴隷の印だ。」
 「い、嫌。そんなもの。お願いですから。」
 しかし、美沙子の懇願も空しく、男はもうそれを美沙子の首に填め始めていた。きっちり首輪を填められると、その拘束感が本当に美沙子の抵抗心を奪ってしまうかの様に思えた。
 「さて、出掛けようか。」
 そう言うと、男は美沙子の腕を掴んで、再び通りに引出した。
 「仲良くアベックのようにして、普通に振舞っていないと変に思われるぜ。特に首のあたりに注目されるとね。」
 遠目には一風変わったネックレスに見えなくもない。が、近寄って見れば明らかに首輪であることがばれてしまう。出来るだけ平静を装って歩いていると、意外なほど、すれ違う通行人は気づかない。もっとも、すれ違う男たちの視線は、殆どの場合、美沙子の極端に短いスカートから露わになっている剥き出しの太腿のほうに注がれていたのだが。

 「どこまで連れてゆくつもりなの。」
 まわりの通行人に聞えないように、そっと男に聞いて見る。駅前から何ブロックか歩いてきていた。
 「ここでちょっと待ってて貰おうか。」
 そう男が言って、美沙子を制止したのは、繁華街近くの交差点の舗道の脇だった。
 「ちょうどいいものがある。」
 そう男が言ったのは赤く塗られた消火栓の場所を示す標識の鉄柱だった。
 男は、袋から買ったばかりの鎖を取出すと端を美沙子の首輪の留め金に填め、もう一方の端をその鉄柱のまわりにぐるっと撒いてから再び美沙子の首輪の填めた。美沙子は鉄柱に鎖で繋がれてしまったことになる。両手を背中で縛られている為に自分で外すことは出来ない。

鉄柱繋ぎ


 「そこで暫くおとなしく待っているんだ。」
 そう言うと、男はくるりと踵を返して立ち去ろうとする。
 「待って。あ、あのう、・ ・ ・ 」
 言い掛けて、美沙子は言葉を飲み込んだ。男はもう少し離れてしまい、大声をださなければ届かない。しかし、美沙子が言いたかった言葉は、人混みの雑踏の中では口には出せないことだったのだ。 
 (我慢が出来そうもないの。早くして。)
 美沙子は両脚をよじり合わせるようにもじもじしていた。さっき立て続けに3杯もジュースと水を 飲まされていた。しかし、本当はその水に溶かされていた利尿剤のせいだとは気づいてもいなかった。
 美沙子は首輪で繋がれているのを通行人から隠す為に、赤い鉄柱に背中をくっつけて立っていなければならなかった。背中で寄りかかっていれば、ただ街頭で人を待っている風を装うことが出来る。
 しかし、美沙子の短いスカートから伸びる脚は通行人には目立つようで、通り過ぎる誰もが振り返ってみていた。そんな視線を感じながら、美沙子は募り来る尿意と戦っていた。次第にまわりの通行人の視線さえも注意がいかないほど、切羽詰ってきていた。
 (もしここで漏らしてしまったりしたら、 ・ ・ ・ )
 考えただけでおそろしかった。人混みの中に晒されたまま逃げ去ることすら出来ないのである。
 (お願いだから早く帰ってきて。)
 いつしか、美沙子は男が戻ってくるのを祈るような気持ちで願うようになっていた。

 しかし、男はすこし離れた人混みの中から、美沙子が限界に達する様子を窺っていたのだった。遠目にも美沙子のもじもじする様子からは限界が近づいているのが分る。しかし、それは美沙子にそう仕掛けた本人だからで、行き交う通行人等は誰一人、交差点で人待ちしているかのミニスカートの女性の苦境など気づくものはなさそうであった。

 もう何度、しゃがみこんでそのまま出してしまったら楽になれるかと思った美沙子であった。が、その後そこから逃れられない惨めさを考えると、とてもそんなことは出来なかった。
 男がゆっくりと近づいてくるのに気づいたのは、それから更に暫くしてからである。
 (お、お願いっ。早く、早くして。)
 殆ど声に出さんばかりにして美沙子は男を待った。
 「お願いです。もう漏れそうなんです。早く外してください。」
 美沙子は涙を流さんばかりに、男が傍に来るなり懇願した。
 「どうした。何が漏れそうなんだ。」
 男は意地悪そうにわざと気づかぬ振りをした。
 「お、おトイレに行かせてください。」
 恥ずかしさに俯きながら、やっとそう白状する美沙子だった。
 「どっちのほうだ。」
 男は更にいたぶるように、ねちねちと質問してくる。
 「どっちって、 ・ ・ ・ 。あのう、 ・ ・ ・。お、 ・ ・ ・ 」
 それは、若い女性が見知らぬ男に言える言葉ではなかった。
 「もう限界なんです。本当に早くしないと、 ・ ・ ・ 」
 美沙子は、耐え切れないと、腰を低く屈めて悶えだした。

 やっとのことで、男は美沙子の首輪から鎖の端を片方だけ外す。外した一方の端をしっかり握ると、美沙子に先に立って歩くように促す。美沙子は繋がれた手を後ろに廻したまま、首から垂れて後ろの男に握られた鎖が通行人に気づかれないように気を使いながらも、焦る気持ちから男を引っ張るようにして早足で歩く。
 「どこか、  ・ ・ ・ 何処かにおトイレはないかしら。」
 「そこの角のデパートに入るんだ。2階にトイレがある。」
 その言葉に、美沙子は救われたような気がした。が、もう限界ぎりぎりだ。美沙子は括約筋をぐっと締めるようにして歩かねばならない。

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