新任教師 美沙子
一
アパートに案内してくれたのは、教務主事と紹介された殿井という男だった。一件慇懃そうな応対だが、目には何故か冷たさが感じられた。
が、新任で新しく赴任してきた美沙子には、勝手がまったく分らない新天地のこと、相手にただ従うしかない。
そこはアパートと言っても、古い一軒屋で、大家は少し離れたところに住んでいるという。暫く使っていなかったから、多少かび臭いとは言われていたものの、雨戸を開けて風を通すと、それほどにも感じられない。
ただ、気になったのは、教務主事の殿井には言わなかったが、トイレがつんとアンモニア臭がきついことだった。古いとは言っても、水洗のトイレで、何故そんなに臭うのか分らなかった。北側で薄暗いので、昼間でも電灯をつけたくなる。試しにつけてみた電灯はこれも何故か異様に明るい。(トイレの百ワット)という無駄なことの比喩を思いだし、美沙子はちょっと吹きそうになる。
「じゃあ、私はこれで。」と、間取りを簡単に案内してくれた後、殿井は美沙子を独り残して帰っていった。
独りになると、急に尿意を催してきた。実は殿井に案内されてくる途中から、かすかに催してはいたのだが、まさか殿井の前でそれを告げる訳には行かなかった。学校でしてくれば良かったのだろうが、初めて来たばかりの学校でまず用を足すのもはしたないように思われたのだった。
さっき案内された北側の薄暗いトイレに入る。やっぱり臭いが気になる。美沙子は少し高い位置にある窓を開けることにした。近頃は珍しくなったアルミサッシではない木枠の窓で、開けるのに、少しきしんで力が必要だった。窓の外は青空の下に隣家の屋根瓦だけが見える。
(暫く、開け放ちにしておいて使うことにしよう。)
美沙子は息を深く吸わないようにしながら、スカートをたくしあげ、新しく据付け替えたらしい洋式便器に腰を下ろした。顔を上げると窓から明るい空が見える。何となく変だなと思った美沙子は漸く、便器は普通扉側に向いているものだが、このトイレは窓側を向いていることに気づいた。
(昔は水洗でなかったものを工事して付け替えたのだろう。このような古い日本家屋の大工はこのような洋式便器には慣れていなかったのだろうか。)
用をさっと済ませると、美沙子は窓を空けたままにしておくことにしてトイレを出た。トイレの窓は結構高く、外は隣家との垣根がすぐそばまで迫っていて、そこから覗かれるおそれは無い筈だったし、きしむ窓を毎回開け立てするのも面倒だったからだ。
学校から帰宅して借家の玄関の鍵を開けようとして、郵便受けに茶色の封筒が差しこまれているのに気づいたのは、美沙子が新しい学校に赴任してきて、1箇月ほどした頃であった。
切手も消印もなく、明らかに差出人が自分で運んできて挿し込んだもののようである。
部屋に入って、封を開け、中から落ちたものを拾い上げて、美沙子は息を呑んだ。
明らかにそれは盗撮と思われる写真で、写っているのはまぎれもなく自分であった。スカートをまくりあげ、股を少し開いている。恥毛がくっきりと写っている。顔の部分は破かれてちぎれている。が、着ている服が美沙子のお気に入りの薄黄色のワンピースなので自分とすぐ判った。
写真は一枚ではなかった。シミーズ一枚のもの、濃紺のスーツのもの、パジャマ姿のもの等々が数枚あって、いずれも下半身を露わにしている。放尿中のしずくがはっきり写っているもの、股間にティッシュを当てているものまである。
すぐにこの借家のトイレで写されたものと気づいた。慌ててトイレに向かい、臭いがきついので開け放ったままにしている窓に目をやる。外は隣家の屋根しか見えない。
慌てて玄関から外に出て、隣家のほうへ回ってみる。隣の家をまじまじと見るのは、気づいてみると今日が初めてである。自分の家の北側の裏にあたるところに迫るように隣家が建っている。その隣家の生垣沿いにぐるっと回ってみて、美沙子ははっとした。
トイレから見えている屋根瓦の向こうがわは物干しに使うようなベランダになっていて、2階ほどの高さがある。下は離れのような小さな物置のような小屋になっていて、ベランダには外から階段で上がれるようになっている。垣根の先にあった門扉も母屋の玄関も固く閉ざされていて、明らかに空き家のようである。
誰かが、この空き家に忍び込んでベランダにあがり、そこから脚立でも使えば、屋根越しに美沙子のトイレまで一直線で覗ける筈である。いや、そうして覗いて盗撮したに違いなかった。
慌てて家に取って返すと、トイレに入って窓を閉める。心臓がどきどき鳴っていた。
(覗かれていた、・・・・)
美沙子は勤めて平静を保とうとした。こめかみのあたりから脂汗が吹き出てくる。
改めて封筒をよく調べると、中に小さな紙切れがはいっていた。作ったような筆跡を誤魔化した字体がのたくったように書かれていた。
(写真をばらまかれたくなかったら、言うことを聞くこと。最初の命令は、明日、黄色のミニのスーツを着て登校すること。その下には下着は着けないこと。)
黄色のミニと書いてあって、それが何を差しているか、美沙子にはすぐに判った。お気に入りのスーツで、スカート丈が短いので、これまで学校に着て行くのは遠慮して休みに出掛ける時くらいしか着用していないものだ。
(何故、この服を知っているのだろう。)
美沙子は気味が悪くなった。
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