看護28

妄想小説

恥辱秘書






第五章 付き添い婦への姦計


 十

 応接室を出た廊下には幸い誰も居なかった。そうっと音をなるべく立てないようにストレッチャーを押しながらエレベータまで辿り着く。何とか独りで5階のフロアから外に出れそうだった。エレベータがやってきて扉が開き、ストレッチャーを押し込んで扉が閉まるその直前に、エレベータ内に飛び込んで来た者が居た。美紀だった。
 「今、戻るところ。ご免なさい、ご一緒させて。」
 そう言って、ストレッチャー脇の晴江の横に立つ。そして、何を思ったか、胸に付けてあった名札を外すのだ。それはプラスチック製のケースの裏に安全ピンで制服に留めるようになっているものだ。
 「この名札って、付け替えが不便よね。制服をクリーニングしたりした後、つけ直すときまって曲がっちゃうのよね。」そういいながら安全ピンを外して付け直そうとしている。その時突然、美紀は何故か身体のバランスを崩し、晴江のほうへ倒れ掛かってきた。
 「あっ、ご免。靴の中に石が入っていた。あっ、ご免。もしかして刺さなかった?このピンで。」
 美紀は手にしていた名札の裏の安全ピンで、倒れ掛かったときに、晴江のほうに安全ピンの先を向けてしまったので、慌てて謝ったようだった。
 「い、いえ。大丈夫です。」
 言ってしまったあと、はっとしたのは晴江のほうだった。(ま、まさか。)
 しかし、晴江のまさかの心配は的中していた。美紀が倒れ掛かった時に、美紀が手にしていた名札の裏の安全ピンの先は見事に晴江の看護服の下に隠したビニル袋を完璧に突いていたのだ。
 晴江は、看護服の下で裸の肌をビニル袋から漏れ出した小水が伝って流れ出したのを感じていた。咄嗟に腹の上で看護服を抑える。針の先で開いた孔からは、ほんの少しずつ漏れ出していた。が、確実に洩れによる染みは広がってきていた。
 晴江にはエレベータが下に着くまでの時間がもどかしかった。やっとのことで一階にエレベータが着いた時には既に晴江の腹の辺りには洩れだした小水の染みが傍目にもはっきり解るくらいに出来てしまっていた。
 「ご苦労さま。ストレッチャー、診療所まで運ぶの、手伝いましょうか。」態と美紀は晴江に申し出る。それも、晴江の胸の下を狙って針を刺すように言われた芳賀の指示に含まれていたものだった。美紀の目にも晴江の看護服が見る見る間に濡れて染みを作り出しているのが見て取れた。
 「い、いえ。いいんです。独りで出来ますから。」
 そう言うのが精一杯だった。最早、足首に手錠がぶら下がっていることより、自分が洩らした小水がどんどん自分の着ている制服を濡らしていくことを隠しながら診療所まで戻れるかということのほうで頭が一杯だったのだ。誰の目も無視して只ひたすらにストレッチャーを押していく晴江だったが、孔の開いたビニル袋から洩れだした小水が、晴江の歩いていく後のアスファルトの上に点々と染みを作っていることも気づかない晴江だったのだ。そしてその姿を侮蔑の思いを籠めて美紀が後ろで見送っていることも。



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