アカシア夫人
第三部 忍び寄る男の影
第三十五章
緊張が解き放たれて、じゅわっと生温かいものが貴子の股間に溢れた。思いもしなかった奇妙な到達感と陶酔感がその瞬間にはあった。もうどうなってもいいという気持ちで抱き寄せる和樹の腕の中で、貴子は全ての緊張を弛緩させたのだった。貴子の表情から洩らしてしまったことを感じた和樹のほうも堪らず、貴子の太腿に向けて熱い飛沫を暴発させていたのだった。
久々に帰ってきた和樹だったが、翌日は早朝からゴルフに出掛けていってしまった。しかし貴子にとっては、そのほうが気詰まりではなかった。前の晩に和樹に強いられた試みのことを和樹の顔を見れば思い出さずにはいられない。そんな夫の前でどんな顔をすればいいのか貴子にも思いつかない。
昨晩、尿意の限界を迎えて、立ったまま和樹に嵌めさせられた紙オムツの中に放尿させられた後、和樹は縄を緩めただけで先に降りて行ってしまったのだった。しかし貴子にとっては、そのほうが良かった。失禁してしまった姿を何時までも見ていられたくはなかったのだ。縄を自分で解いてから、後始末は自分でしたのだった。
紙オムツを自分で外したのだったが、中はすっかり吸収体が吸い込んでしまっていて、薄っすら黄色い沁みがあるだけで表面はさらっと乾いてしまっていた。和樹はあらかじめ濡れタオルを用意してくれていたが、それも要らないほど乾ききっていた。しかし、それでも股間を拭わないと気持ち悪かった。そのタオルで拭う股間が無毛なのが、貴子を一層惨めにさせた。股間を拭った後、和樹に垂らされた腿の精液も一緒に拭き取ったのだった。
床に落ちていたショーツを拾い上げようと膝を突いたときに、貴子の股間から赤い雫が流れ落ちた。生理が来たのだった。
前の晩まるめて汚物入れに使用済みのナプキンと共に入れておいた紙オムツの残骸もレジ袋で二重に包み込んで、念入りに口を縛ってから、他のゴミに紛れてみえないようにしてからゴミを収集場まで持って出ることにした。
まだ、収集車は来て居ない筈の時間だった。万が一にも次のごみ収集の日まで放置はしたくなかったのだ。
ごみ収集場へごみ袋を置いて、山荘まで戻ってきた貴子はキッチンで気分を落ち着かせる為に、カモミールのハーブ茶を淹れることにした。
カモミールの甘い香りが、貴子を包むと少し落ち着いてきた。
貴子は前夜のことをひとり思い返していた。立ったまま放尿してしまった後の気分は思ってもみないものだった。恥かしさにいたたまれないと思っていたのが、案外、別の感情が芽生えたことに驚きも感じていた。不思議な高揚感があったのだ。なんとも言い表しようがない気持ちだったが、貴子は敢えて、快感とは思いたくなかった。放尿を強いられて気持ちよくなる自分など、認めたくはなかったのだ。しかし、もう一度それをしてみたいという誘惑に駆られている自分が確かにあったのは事実だった。
その頃、山荘から続いている私道が公道に繋がる辺りに、男が現れたことなど貴子は知る由もなかった。男は、やり慣れたいつもの作業という風に、平然とごみ収集籠の蓋を開け、中に一つだけ入っているゴミ袋を取り出す。それからもう一度辺りに人影な無いことを見廻して確認してから、徐に中から所望のものを取り出すのだった。
男はイアホンを耳に当てて聞き入りながらいつものロッキングチェアに深々と腰を掛けている。目の前の壁にはひとりの女性の顔がアップで撮られた写真が貼られている。男が望遠レンズのカメラで撮影したものをパソコンで等身大に拡大編集し、プリンタで印刷したものだ。優しく微笑みかけるような笑顔は、童顔でそんなに歳に見えないが、四十台にはなっている筈だった。
男はロッキングチェアの前に置かれたオットマンの上に片足を乗せ、もう一方の足は無作法に机の上に乗せている。さきほどからズボンの前を開いて、天を突き上げんばかりに見事に屹立した男根を、耳元から聞こえてくる刺激的な会話に合わせて手で扱いている。
(ね、お願い。和樹さんが言うことは何でもするから。お願い、その前におトイレに行かせて、ねっ。)
(いや、駄目だよ。限界まで我慢して貰わなくっちゃ。その時の顔が観てみたいんだよ。)
(駄目よ。駄目だったら・・・。ああ、どうしよう。ああ・・・。)
(まだ、大丈夫なのか。まだ、我慢出来るのか。)
(が、我慢、なんて・・・。で、出来る訳、な、無いわ・・・。)
(ああ、もう駄目っ・・・。)
最後の断末魔の叫びに、男は堪らず、手にしたモノを握り締める。握り締められたモノから、白く濁った飛沫を迸らせた。その飛沫は壁に貼られた等身大の顔の片目を直撃し、雫となって唇の辺りまで垂れ落ちた。
男がティッシュの箱を求めて机の上に手を伸ばすが、ティッシュの箱の手前で男の手に触れたのは、ぴっちりと封をされ透明ビニル袋にしまいこまれた白い物だった。今朝方、男が手に入れた戦利品なのだった。
(それにしても、屋根裏まではカメラを仕掛けてこなかったのは、不覚中の不覚だった。まあ、いいさ。まだチャンスはあるだろう。鍵はあるんだし、幾らでも追加は出来るのだからな。)
取っておきの映像を採り損ねた男は、更に盗撮カメラを追加する算段を考え始めるのだった。
次へ 先頭へ