妄想小説
牝豚狩り
第九章 想定され得ぬ事態
その7
冴子の小型四輪駆動スポーツクーペが、良子、瞳を伴って塩山駅から山麓へ向かう道を駆け上がっていたのは、日が昇ってからだいぶ経っていた。渓流沿いの寒村らしきまばらな農家が散在しているところから、村でひとつと思われる学校の横を抜けてから、人家らしきものがなくなっていた。道は細く険しく、曲がりくねっていたが、冴子の運転は確実だった。
大きなカーブを曲がろうきろうとしたところで、対向車が突然現れたが、鋭いハンドル捌きで間一髪それを交わした。
「さすがに、冴子さん。運転、上手いわね。」
感心して良子が声を挙げたが、冴子の表情はこわばっていた。冴子には動物的な勘が備わっていた。長年の訓練によるものとも言えたが、先天的なものもあったのかもしれない。
「今の車、気になるわ。」
急ブレーキを踏んで止まると、素早くUターンをして、すれ違ったばかりの車を追い始めた。
「四輪駆動の大型バンだったわよね。あんな、ひと気のない場所からこんな時間帯に猛スピードで走ってくる車は、普通ではないわ。」
冴子は自分に言い聞かせるように、独り言を言う。
いちかばちかだった。時間の猶予はない。水道工事屋の息子が教えてくれた場所へ急行したほうがいいのか、今の怪しげな車を追うほうがいいのか、どちらかひとつしか選ぶことは出来ないのだ。冴子は自分の勘に運命を掛けた。
相手の車も猛スピードで飛ばしていたので、すぐには追いつけない。助手席の良子と、後部座席の瞳も、何事かと不安になりながらもドア上のグリップにしがみついて冴子の運転を見守っている。
その冴子が急にブレーキを掛け、車を路肩に寄せる。
「どうしたの、冴子さん。」
「今、通り過ぎたコンビニの駐車場にさっきのバンが停まっていたわ。私たち、三人とも、あの黒田って男には顔を知られているから、近くには寄れないの。もう一台、大型のワゴン車が停まっていたから、多分、車の入れ替えをする筈よ。私が合図したら、頭を下げてね。顔を見られないように。あっ、来た。頭を下げてっ。」
冴子の合図で三人がさっと身を隠す。その横を大型のワゴン車が通り過ぎるのが、音でわかった。
「良子さん。運転を代わって。瞳さんは一緒に着いてきてね。良子さん。もし向こうの車が走り出してしまったら、すぐに後を追いかけなくちゃならないから、いつでもスタート出来るようにして待っていて。瞳さん、行くわよ。」
冴子は瞳を伴って、車外に出た。歩いて少し戻り、コンビニを目指したのだ。
「瞳さん。アシスタントはおそらく今度も三人の筈よ。今回もメンバーを替えている筈だから、こっちの正体を知られていることはないと思うけど、もし見知った顔だったら、すぐに戻って。私が車のほうへ行くから、三人の傍へいって、もし車にすぐに戻りそうだったら、なんとか引き留めて時間を稼いで。」
瞳は何が何だかわからないが、引き留めるくらいは出来そうと冴子に頷き返した。
坂を少し登ったところでコンビニに出た。さっきすれ違ったバンは、広い駐車場の奥のほうに停めてある。車を乗り換えた三人のアシスタントらしき男たちは、コンビニ店内で何か買っているらしい。冴子は目配せで瞳に合図すると、そのまま駐車場の車を目指す。瞳は、コンビニの店内のほうへ向けて歩き出した。
男たち三人は、朝食にするつもりなのか、お握りなどを選んでいる。瞳はレジの傍で雑誌を買う振りをしながら、背後の男達三人を覗っている。店員は運良く眠そうな目をした若い男一人きりだった。
「おう、あんまりゆっくりしてる訳にいかないぞ。適当に選んだら行こうぜ。」
リーダ格らしき男が、他の二人に声を掛けて、レジに向かおうとしていた。瞳は咄嗟に目の前の雑誌を手にして、いち早くレジの男に渡す。慌てて雑誌を取り上げたので、男性用雑誌を取ってしまっていた。が、もう取り替える余裕はない。
「ええと、これだけですか。980円です。」
若い店員は、目の前の妙齢な女性と、差し出された男性用雑誌の過激なヌード写真のギャップに、その両方をちらちら盗み見しながら、雑誌を入れる袋を取り出していた。
「えーっと、ちょっと待ってくださいね。お財布が・・・。確か、ここに入れた筈なんだけど。あれ、変だわ。・・・ちょっと、ご免なさいね。あれっ・・・。」
後ろで三人が並びながら、チッと舌打ちするのが聞こえる。
「あれえ、見つからない。ええと、カードでもいいですか。」
「クレジットカードですかあ。困ったなあ。あんましやったことがないんで。ええと、これですね。ちょっと待ってくださいね。・・・あれ、こうだったかな。まいったな、今、店長いないし・・・。」
「おい、早くしてくれよ。急いでんだから。」
後ろの男達が痺れを切らしたように、ぶつぶつ文句を言う。
「すいません・・・。」
男達にはっきり顔を見せないように、俯きながら、後ろに謝る振りをする瞳だった。
「あ、通った。はいっ、980円。一括でいいですか。」
若い店員は、紋切り型の決り文句を言う。
「え、いいです。翌月一括で。」
(980円の雑誌を、分割で払う者も居ないだろうに。)と思いながらも、冴子の様子が気に掛かる瞳だ。が、もうこれ以上時間稼ぎは出来無そうだった。
「はい、利用控えとレシート。」
雑誌の入った袋と、レシートの束を差し出されると、受け取らない訳にはゆかない。その時、コンビニの入り口の外で冴子が合図しているのが目に入った。
(助かった・・・。)
瞳は、雑誌の袋とレシートを受け取ると下を向いたまま出口へ向かう。
「ったく、近頃の女は、どうなってるんだ。朝っぱらからエロ雑誌かよ。」
散々待たされた男たちは瞳に背後から悪態を吐いていた。
外に出ると、冴子と瞳は良子の待つ車へ急いだ。冴子たちが近づいてくるのを認めると、良子はエンジンを掛けたまま、運転席を滑り出る。冴子のような運転をする自信がなかったのだ。
再び冴子が運転席、良子が助手席、瞳が後部座席に座る。良子が車室内に入るや否や、冴子は良子に声を掛けた。
「発信機追跡ナビのスイッチをいれて。それからチャンネルを2に切り替えて。」
良子はチャンネル2がどれか知らなかったが、機械の操作盤をさがして、チャンネル切替ボタンをみつけ、2側に倒す。1側が、それまで美咲を追っていた制服に縫いつけた発信機だったのだろうと良子は想像する。
「瞳ちゃんが、うまく時間を稼いでくれたので、発信機はしっかり取り付けられたわ。後は気づかれないように後をつけるだけね。」
「冴子さん、美咲は無事だった?」
「多分ね。後部荷室に布袋に包まれて寝かせられていたわ。彼女にはもう少し我慢してもらわなくちゃならないわね。」
そう言いながら、冴子はバックミラーで、今度は三人組が乗り込んだバンが発進したのを確認していた。
「行くわよ。シートベルトをしっかり締めて。」
冴子は二人に声を掛けると、アクセルを踏み込んだ。
美咲が意識を戻したのは、車に揺られている最中だった。真っ暗で何も見えない。後ろ手で拘束されている為に身動きも出来ない。目を醒ましたのは、強烈な尿意に駆られてのことだった。
声を挙げようとしたが、くぐもった声になってしまう。口にガムテープのようなものが貼られているのが、感触で判る。
「おや、目を醒ましたらしいな。」
後部荷室で布袋にすっぽり収められた女巡査がもがきだしたのを、男の一人が気が付いた。ジャックと名乗るように言われている小男だ。ベンチシートになった前部座席から背もたれを乗り越えて、その傍へ寄っていく。
「もうこの辺まできたら、人家はないから袋を開けてもいいだろ。」
ジャックという小男は、さっきから後ろの女警官が気になって仕方なかったのだ。袋の口を締めている紐を解き、袋の中から美咲の顔を出させる。
「ムムムムムッ・・・・。」
言葉にならない声を挙げる美咲だった。
「へえ、可愛い顔してるじゃないか。警官にしとくのは勿体無いな。どうした。え、おしっこでもしたいのか。」
いきなり図星を当てられて、美咲は顔を赤らめながら、ゆっくりかぶりを振る。
「そうか、そうか。昨日の晩からしてない筈だからな。今、出してやろう。」
小男は、狭い荷室内の壁に美咲の背を持たせかけるように身を起こさせ、袋を剥くようにして美咲の身体を引っ張りだす。それでなくても短いスカートはすっかり捲くり上がってしまっていて、下に穿かされている紙オムツが丸見えになっている。
「さ、出してやったから、しな。見ててやるから。」
「ムッ、ムム・・・。ムムッ。」
首を横に振って、美咲は許しを請うように小男を見る。が、小男には、美咲を辱めることしか頭にない。
美咲はゆうべ、男が紙オムツに用を足せと言っていたのを思い出していた。そんなことは出来たら避けたかった。それでも我慢が出来なかったらこっそりするしかないと漠然と考えていたのだ。しかし、男が今にもするかとまじまじと見ている前で、洩らすというのは、堪えがたい屈辱だった。洩らしてしまう瞬間の表情を見逃すまいと後ろから首を抱えるようにしっかり抑えると恥かしがっている美咲を嬲るかのようにじっくり見つめるのだった。
「俺が見ていると、恥かしくて出せないか。それじゃ、出やすいように手伝ってやろう。」
そう言うと、もう片方の自由なほうの手を美咲の丸出しのオムツの股間の部分にぴったりあてがった。
美咲が洩らすのをその温もりで感じようというのだった。美咲はもう我慢の限界を迎えていた。
「・・・・。」
自分の耳に、ジュルジュルという音が聞こえたような気がした。
「お、出た出た。は、出しやがったぜ、この女警官。」
男が股間にあてがった手に生温かい感触が伝わったのを、他の男たちにも聞こえるようにさらに辱めた。
美咲は恥かしさと口惜しさに目に涙を溜めた。
「おい、もういい加減にしておけよ。そろそろ着くからな。」
前からもう一人の男が声を掛ける。今回も大男、のっぽ、小男という組み合わせで、それぞれキング、クィーン、ジャックと名づけられている。アシスタントに使われる男たちは、足がつかないように、いつも同じ人間は使わない。が、何組か用意してあって、それらに交互に声を掛けていた。経験者のほうが便利な反面、何度も経験させると、知り過ぎてしまい、発覚の元になる危険もあると、首謀者は適度にメンバーを交代させていた。
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