栗原聴取

妄想小説

牝豚狩り



第八章 思いがけぬ手掛かり

  その2



 冴子は、再び国仲良子とともに、静岡の栗原瞳のところへ戻って、栗原の事件の詳細を見直し、なにか見落としがないか、再検討することになった。
 栗原の話でヒントが得られそうなのは、栗原が放たれた場所の特異な雰囲気だった。山の上のかなり高いところにあるように感じられる。丹沢の林道の中のような、鬱蒼とした森の中というのではなく、遠くまで見晴らしが利くような印象もあったという。
 冴子の頭に引っ掛かっていたのは、学校の校舎の古さに似つかわしくない新し目の体育館があったという瞳の説明だった。
 (学校の古い体育館を建て直すほどの財力のある山村が廃村になってひと気がないというのは、どういうことだろう。)
 もともと高齢化、少子化で子供の数は年々減ってきている。山奥の山村で子供が居なくなってやがて村自体が廃村になったとしてもそれほど珍しいことではないとも言えた。しかし、そんな村で体育館を新しくしている。そのことが冴子には引っ掛かったのだ。体育館まで新設したようなところが、突然全くひと気が無くなるというのが、どうも不自然だった。
 (体育館を新たにした頃には、何らかの村復興の動きがあったのではないだろうか。それが何らかのことで頓挫して、それがやがて廃村に繋がる・・・。)
 冴子は情報検索システムを立ち上げた自分のパソコンを前に、頭を回転させる。
 (確か1980年代終わり頃、時の竹下政権の時に、ふるさと創生事業というのがあった。全国の市町村に一律1億円もの金を、ふるさと事業の為としてばら撒いたのだった。)
 冴子は記憶を辿りながら、検索システムに次々にキーワードを打ち込んでいく。
 「ふるさと創生 バブル崩壊 離村・・・」
 「新築体育館 振興事業 廃村・・・」
 「山梨県 ふるさと創生 事業失敗・・・」
 何度も検索を繰り返しては、ヒット数の上下を見ながら、ざっとタイトルに目を通す。その時ふとある記事に冴子の目がとまった。

 山梨のとある村議会で、若手議員が、当時の村長に向けてあてた意見書のコピーだった。そこに、冴子には気になる記事が掲載されていたのだ。
 意見書を読んでいくと、村長が独自の判断で進めていた山村へのテーマパーク誘致は環境破壊に繋がる懸念があり事業推進を見直すべきだというのがその論点だった。今度はその村長名、テーマパークの名前などを頼りに記事を探す。すると思わぬ経緯が次々と引き出されてきたのだった。
 冴子が新聞社のニュース記事の紹介からなる幾つものヒット記事から整理した経緯は以下のようなものだった。
 ふるさと創生事業をベースに、時の村長は、都心の大手ゼネコンと組んで大規模テーマパークの誘致を計画。村議会の了解を得ていなかったことから、議会で紛糾。しかし、その後、主な村民の賛成を取り付けて、テーマパークの建設が始まった。この時に、村民には有利な条件でテーマパークの株主になるという話があり、村民の大半がそれに乗ったようだ。
 しかし、時まさしくバブル崩壊期にさしかかり、テーマパークの構想は着手半ばで頓挫する。バブル期に投資した村民には巨額の負債のみが残り、村長はいち早く姿を消し、次いで借金の取り立てに苦慮した村民が次々に離村したというのだ。
 議会でことの是非を論議していた最中に、テーマパーク誘致にて村民のUターン現象が見込める。それを見込んで、村長は特別予算を組んで村唯一の学校の体育館を新設している。これが元で、村民の信頼を得、次々に村民がこのプロジェクトに借金をして投資したとあった。

 場所は山梨県で、長野県の県境に近い増富村というところ、国道20号線を途中で外れて車で1時間ほどの距離と、冴子は地図を眺めながら計算する。
 (ここだわ・・・。)
 早速、栗原と国仲に電話を掛け、静岡の旅館から二人を拾って、現地へ向かう。

 道が細くなると同時に、坂の勾配がきつくなっていった。冴子の駆るスポーツクーペのエンジン音が一際高くなる。あたりに人家が無くなってから半時間ほどした頃、道は立ち入り禁止を示す柵によって塞がれていた。
 立ち入り禁止の立て看板は「増富村ふるさと創生委員会」という銘がかろうじて読み取れたが、最早朽ち果てようとしている。冴子は栗原と国仲に手伝ってもらって、かろうじて車がすり抜けられるだけの隙間が開くように柵を動かす。

 柵を通りぬけると、いよいよ廃村らしき風景が広がってくる。行過ぎる家屋跡のようなものがことごとく朽ち果てている。そして三人はやがて、前方に異様な建造物を見つける。目の前に見える峠の向こう側に、大きな鉄塔跡のような残骸が見えてきたのだった。今となっては何を作ろうとしたものかは見掛けからは想像がつかないが、テーマパークを意図した何らかの巨大建造物が中途で手付かずになり、そのまま撤去もされずに朽ち果てようとしているものだった。
 その場所を更に通り過ぎると、馬の背のようになった尾根伝いの道がくねくねとうねりながら続いていく。そして大きくカーブを切ったところで、三人は遠くに古い学校跡とその古さには似つかわしくないしかし、既に朽ち始めている新らしめの体育館跡を見つけたのだった。

 スピードを緩めながら後ろを振り向く冴子の目に、瞳が小さく頷いているのが見えた。身体は既にぶるぶる震え始めている。その肩を今度は良子がそっと抱いていた。

 グランドに降り立った三人は、それぞれに感慨深げに景色を見渡す。とうとう二つ目の牝豚狩りの現場を見つけたのだった。その場所には既にイベントが行われたという形跡も一切残っておらず、ひと気のないただのゴーストタウンでしか無かった。中へは入りたくないという瞳を良子に預けてグランドに残し、一人、冴子だけが体育館内部へ入ってみる。
 瞳の話に出ていた、緞帳の一部が引き裂かれた演台ステージが目に入る。確かに、その上のほうに照明用と思われる小窓が開いていた。体育用具置き場の小部屋内部を調べるが、瞳の話にあった真新しいバレーボールの入った籠は既に持ち去られていたようで、見当たらない。おそらくイベントの為に持ち込まれ、証拠を残さない為に持ち去られたのだろうと冴子は推測する。

 陵辱劇のあったことを示すような物的証拠は何も見出すことが出来なかった。DNA鑑定に使えそうな、瞳や犯人達の体液のついた布切れや縄などを探したのだったが、犯行グループたちの手によって、証拠となりそうなものは全て持ち去られていたのだった。またも、冴子は手掛かりの糸の先が途切れていることを思い知らされたのだ。

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