昇降口

新任教師 美沙子





 二十

 次の朝、美沙子は昇降口の自分の下駄箱の中にまた茶色の小封筒が差し込まれているのを確認する。辺りを見回し、自分の事を観察している者が居ないか確かめる。それから封筒をバッグに突っ込むと理科準備室へ向かうのだった。
 「で、今回の手紙には何と書いてあったのだね。」
 理科準備室で教務主事の殿井に美沙子は手紙の内容を読み上げる。
 「今夜、6時に西校舎の屋上にて待て・・・とあります。」
 「6時に西校舎の屋上か・・・。しかし、また直前に変更してくることも充分考えられるな。」
 「その時には、この間と同じように、殿井先生の職員室の机の上にメモを残しますので、必ず見てください。」
 「わかった。前回、校長が帰って校舎から教職員がすべて退出するのを待ってから犯人がやってきたのだったね。」
 「そうです。今回もおそらくそうするのではないかと・・・。」
 「そうなると、校長が帰った直後が勝負だな。今度こそ、犯人の正体を暴いて捉まえてやろう。それまでは、君は犯人を油断させる為に言う事に従うんだ。犯人が君に近づいてきたら、出来るだけ犯人の気を引いておいてくれ。その隙に近寄ることにするから。」
 「わかりました。よろしくお願いいたします。」
 そこまで確認すると美沙子は職員会議が始まる前に先に職員室へ向かったのだった。
 美沙子が理科準備室を出ると、殿井は扉を薄ら開いて遠ざかっていく美沙子の後ろ姿を無言でじっと見送る。
 (ふん。どこまでも馬鹿な女だな。)
 殿井は美沙子が何も気づいていないことを確認すると、その日の作戦を考えはじめる。
 (今日は裏を掻いて、西校舎の屋上で犯すことにするか。俺が屋上で待機してなかったことは、贋の場所変更のメモが置いてあったということにすればいいからな。)
 体育館で美沙子を散々辱めた時も、殿井による一人二役だったのだ。美沙子を襲っているのが自分だとは気付かれないように声も出さないよう細心の注意を払った。
 (今度はどうやって虐めてやろうかな。そろそろ尻の穴の調教もいいかもしれない・・・。)
 美沙子を辱める方法を考えては一人ほくそ笑む殿井だった。
 そもそも美沙子が殿井の居る学校へ赴任してくるという通知を受け取った時がすべての始まりだった。新任教師の下宿先を紹介してやって欲しいと校長から頼まれ、前から目を付けていた親類の老人が管理していた空き家を利用することにしたのだった。急遽工事をいれて、古い和式便器を洋式のものに取り換える。その際に向きを通常とは逆の窓側向きになるように指示したのも殿井の仕業だった。隣の空き家に洗濯物干しのベランダがあって、その家の屋根越しに隣の便所が覗ける事、窓を開け放しにするように壁にアンモニア剤を塗り込めておく事、窓枠をわざと捻じ曲げて開け閉めしにくくすることなどは全て殿井が事前に準備したことだった。
 玄関の靴箱の下にはカメラを設置して、ミニスカートでノーパンで出ることを命じた際に本当に命令に従ったかを確かめられるようにもしていたのだった。
 殿井は自分が描いたシナリオどおりに美沙子が陥れられていくのを目の当たりにして、有頂天になっていたのだった。
 美沙子にやらせた屈辱のデートは練りに練った作戦だった。それを前から目を付けていた早川という男をそそのかして辱めのシナリオを渡し、実行させたのも全て殿井の考案によるものだ。そのデパートの店長から受けたという問合せはまったくの殿井の作り話なのだった。

 その日は放課後になって、ずっと職員室に籠って待っている美沙子だった。何時、場所変更の電報が届くか分からなかったし、それを他の職員にみられたくなかったからだ。しかし、美沙子は心の中では何故か場所変更の通知は来ないような気がしていた。殿井はずっと理科準備室に籠っているようで、放課後の職員室には姿を見せなかった。美沙子は校長にぎりぎりの時間につかまってしまうのを避けようとしているのだと思っていた。
 そして職員が一人帰り、一人帰りして、美沙子は校長以外の最後の一人になった。約束の時間が近づいていた。場所変更の電報は来なかった。そろそろ帰り支度の振りをしようと立上った時、校長室の扉が開いて校長が出てきた。
 「おや、高野先生。今日はまた随分と遅くまで・・・。」
 「ええ、試験の準備に手間取ってしまいまして。でも、もう私も帰るつもりです。さきほど、日直の方が、職員室以外は既に施錠が終わったとのことでしたので、ここは私が閉めてから帰りますので、校長先生は先にお帰りになって結構です。」
 「ああ、そうかね。それじゃあ、先に失礼させて貰うよ。」
 校長はそういうと、体育館裏の自分の駐車場のほうへ向かうのを見送りながら確かめる。それから校長室前に引返して並んでいる鍵の中に西校舎の屋上の扉の鍵もちゃんとあるのを確認する。
 (用意周到な犯人の事だから、事前に合鍵は用意してあるのだろう。)
 そう判断すると、自分の合鍵で職員室を施錠し、西校舎へ向かう。既に誰も校舎には残っていない様子で、所々にある常夜灯が薄暗い構内を照らしているだけだった。
 カツーン、カツーン。美沙子のハイヒールの足音だけが響き渡る。美沙子は何処かに隠れている犯人や殿井の気配を探りながらゆっくり屋上への階段を上がっていく。しかし、美沙子に感じられるような気配はまったくなかった。屋上へあがる最後の踊り場を過ぎると、扉のガラス窓から差す常夜灯の明かりがぼんやり見えてきた。
 (あと少しだ・・・。)
 美沙子は慎重に最後の段を上る。扉の窓から観た屋上には誰の姿もなかった。扉のドアノブをそっと握るとゆっくり回してみる。何の抵抗もなくガチャリという軽い音を立ててドアは開いた。
 (やはり、合鍵で予め開けてあったのだ・・・。)
 ゆっくりと屋上へ出る。途端に屋上の一番奥のほうからピピピピ、ピピピピという音が聞こえてきた。
 (携帯電話? 体育館の時と一緒だわ。)
 美沙子は走らないようにしながらも、携帯電話が光っているところへ急ぐ。辺りを見回しながら携帯を拾い上げると、受話ボタンを押してみる。
 「独りで来たのか?」
 体育館の時と同じ、ボイスチェンジャーを通したくぐもった声だった。
 「独り・・・です。」
 「すぐそばに布の袋が入っているだろう。その中にアイマスクと手錠が入っている。この前と同じ様に片方の手首にだけまず手錠を嵌めろ。そしてアイマスクをするんだ。そしたら、手錠を欄干の手摺りの柱に通してからもう一方の手首に嵌めろ。両手を万歳のように挙げて屋上の入り口のほうを向いていろ。」
 「わ、わかったわ・・・。」
 男の指示は適確だった。万歳の格好で手摺りの柱に繋いで逃げることも出来なくする。入口の方を向いていれば、手錠をしているかどうか一目瞭然に分かってしまう。それを確認してから近づくつもりなのだろう。

屋上磔

 屋上の手摺りは腰の位置より少し高い程度だ。その手摺りを欄干に留めている柱に手錠を通すとなると、しゃがみ込まねばならない。その日は極端に短いスカートを強要されてはいなかったが、それでもそんな格好になれば下着も覗いてしまいそうになる。美沙子は下着ば覗かないように片膝だけ立てた格好で手錠を柱に通すともう片方の手首に嵌める。
 男は屋上に入る扉の向こう側から様子を覗っていたに違いなかった。美沙子がもう片方の手首まで手錠を嵌めてしまうと、サーチライトのような強い光が扉のほうから差して来るのがアイマスクの縁から洩れる光で感じられた。その光は美沙子の手首に当てられ、手錠の様子を覗っていたに違いない。その後、ゆっくりと近づいてくるのが気配で感じられた。
 男は美沙子のすぐ前に立っていたようだ。足を使って美沙子が立膝にしている片方の足を横に開こうとしてくる。両手が不自由な上に、凄く窮屈な姿勢なので力を踏ん張れない。Mの字の形に両脚を開かざるを得なくなる。当然、下着は丸見えになっているに違いなかった。男は全く声を発しない。男の靴の先が剥き出しの下着の中心に押し当てられる。踵を床に着いてそこを支点に爪先で股間をぐいぐい押してくるのだった。しかし美沙子はもう屋上の欄干に背を当てている状態なので、後ろには下がれない。男の爪先の蹂躙をただ耐えるしかなかった。
 その時、突然男の背後でフラッシュが焚かれる。男が何事かと振り返ったのが気配で感じられた。それを合図にして美沙子はフェイクの手錠を外し、アイマスクを握り取る。
 「やっぱり殿井先生だったのね。」
 その声に殿井は今度は美沙子の方を振り返る。しかし、美沙子の手には背中に隠し持ってきたスタンガンが握られていた。
 バチ・バチ・バチ・バチ・・・。スタンガンが閃光と共に火花を散らせながら殿井の首筋を襲う。
 「あぎゃあああ・・・。」
 最初の一撃で殿井は崩れ落ちていた。
 「早川君。こっちへ来て、気絶しているこの男を傍で撮影しておいて。」
 美沙子はさっき遠くからストロボを焚いて撮影をしていた早川を呼び寄せる。その間に本物の方の手錠を目の前で延びている殿井の片方の手首に掛けてしまうと、反対側を欄干の手摺りの柱に繋いでしまう。そうして殿井の自由を奪っておいてから、殿井のズボンのポケットを探り、鍵束を取り出してしまう。

 早川に殿井を見張らせておいて、美沙子は理科準備室に向かう。鍵束に全ての鍵は揃っていた。殿井だけしか合鍵を持たないというロッカーからキャビネット、机の抽斗に至るまで全てを調べ上げ、美沙子を盗撮した写真などを押収する。中には音楽室でノーパンで練習する様を撮ったビデオテープまで見つかった。そればかりか、歴代の新任女性教師をトイレで盗撮した写真などが次々と見つかったのだった。殿井が早川に渡した辱めデートのシナリオの草稿もキャビネットの奥から出てきたものの一つだった。

 美沙子が屋上に戻った時には殿井は正気を取り戻していた。しかし、手首にがっちり食い込んだ手錠が殿井に逃げ出す自由を与えていなかった。
 「どうやって手錠を外したんだ?」
 「あれは最初から鍵を壊してあったの。ここにいる早川君に作って貰ったのよ。」
 美沙子は傍らに立つ早川にウィンクしてみせる。
 「最初からロックは掛からないようになっているので、外側からみたら嵌っているように見えるけど、すぐに簡単に外れてしまうの。手錠で拘束されるのは予測してたからこうしてフェイクの手錠を作っておいて、本物とすり替えたの。貴方が今嵌められているのが本物のほうよ。」
 「私だと最初から分かっていたのか・・・?」
 「フェラチオで気づいたの。体育館で貴方にフェラチオを強要された時よ。あれっ、何か違うって。私が最初にフェラチオを体験したのは、この早川君。あの作られたデートの時。あの時は初めてだったので、よく分からなかったけど、その後貴方に秘密を守って貰う為に自分からフェラチオをした時に何か違うなって思ったの。でもすぐは分からなかった。何か違うような気がしただけ。でも、早川君と偶然であって、彼のものをもう一度咥えた時に、はっきりわかったの。硬さが全然違っていたから。それで体育館で襲われたのは、貴方だったんだと気づいたの。つまりはあのデートで早川君にフェラチオをするようにシナリオを描いたことで貴方は墓穴を掘ったという訳ね。」
 「そ、そう・・・だったのか・・・。」
 「理科準備室に貴方が隠し持っていたものは全て押収させて貰ったわ。何時でも校長や教育委員会に提出出来るよう準備しとくわ。でもあなたが全てを内密にしたままで自主的に辞職を申し出るというのなら邪魔はしないわ。貴方が自分で決めてっ。さ、早川君。行くわよ。」
 美沙子は殿井が爪先でやっと届くぐらいの位置に手錠の鍵をそっと置くと、早川を伴って屋上を後にしたのだった。

 「ねえ、美沙子先生。ちゃんと協力したんだから、約束を果たしてよ。」
 「あら、約束って何だっけ?」
 「また惚けちゃって。SMプレイの事だよ。今度も俺がM役でいいからさ。すっかりあのプレイが気に入っちゃってもうやみつきなんだよ。」
 「Mだったらお仕置きもあるわよ?」
 「勿論だよ。是非、お願いします。」
 「お仕置きは痛くないとね。定番のお尻に革の鞭から始める?」
 「ああ、いいなあ。想像しただけで勃起してきちゃう。」
 「悪い子ね。悪い子はお仕置きしなくっちゃね。ふふふ・・・。」
 美沙子はM役にすっかりのめり込んでいる早川を見ながら、もしかして自分の中にSが芽生え始めているのではと内心不安を感じ始めているのだった。

 完

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