basement

アカシア夫人



 第十部 名探偵登場




 第九十九章

 再び拘束されて壁に繋がれた貴子は、岸谷が部屋を出ていってすぐ部屋の隅の回転灯の点滅が止まったのに気づいた。
 (邪魔が入ったと言っていたっけ。誰かの来訪を告げる警報だったのだろうか。)
 貴子には仕組みが分からないが、防音されたこのスタジオだと誰かの来訪があっても気づかないことがあるので、そうした装置がつけられているのかもしれないと思う。
 (誰かが来ているのなら、助けを呼ぶチャンスなのではないだろうか。防音された部屋だからわめいても聞こえないと言っていた。それなら壁をどんどん叩いたらどうだろう。)
 しかし、手錠と足枷で自由は利かない。試しに繋がれていないほうの足で壁を蹴ってみた。しかし相当に分厚いコンクリートの壁で出来ているらしく、足の先が痛くなるばかりで鈍い音すらしない。棒か何かで壁を叩かなければ、甲高い音は響かないだろう。手錠で括られた身では、何か叩くものを持ってくることもままならない。
 岸谷がすぐに戻ってくるような気配はなく、スタジオは静まり返っていた。
 (どうしてこんな事になってしまったのだろう・・・。)
 独り残されて、貴子は少し冷静になって考えてみることにした。
 自分が盗撮されていたのは間違いなかった。それもバルコニーの屋外でも、寝室の屋内でもだった。最初にみたポスターのような自分の全裸写真は、屋内に居る時に撮られたものに違いなかった。
 (自分がオナニーをしていた時に隠しカメラで撮られたに違いない。)
 そんなところを誰かに見られていたのかと思うと顔から火が噴き出そうなほど恥かしい。
 (夫との秘密の会話まで録音されていたなんて・・・。)
 その時、貴子はある事に気づいてはっとなった。
 (そうだ。岸谷を自分の寝室へ招きいれたことがあった。バルコニーにオオスズメバチが巣を作りかけていると言われた時だ。あれは嘘だったのではないだろうか・・・。)
 貴子は岸谷にまんまと騙されていたことに次第に気づいてきていた。
 (あの時、危ないから部屋から出ているようにと言われて、岸谷を独りで寝室に残してしまったのだ。盗聴機はその時に仕掛けられたのだろう。そうなると、夫との間で話した植木鉢の下に隠した合鍵のことも聞かれてしまったのに違いない。)
 合鍵を作られてしまったとすれば、家中に隠しカメラを仕込むことなど雑作もないことだっただろうと貴子は思った。
 (この後、岸谷が戻ってきて、さっきの演技の続きを撮影されて、もう自分は何とも申し開きが出来ないものを握られてしまうのだ。そして、それをネタに脅されて、岸谷の言うが儘の性奴隷に貶められてしまうのだ。文字通り、アカシア夫人にされてしまうのだ。)
 そう思うと、口惜しさが込み上げてきたのだった。
 その時、衝立の向う側でガチャリという音がした。
 (遂に岸谷が戻ってきてしまった。)
 貴子はもうすっかり観念した。しかし、衝立の目隠し布の脇から顔を出したのは別の顔だった。
 「えっ、貴方は・・・。朱美・・・さん。」
 貴子は何が何だか判らずに呆然としてしまっていた。
 「やっぱりここに監禁されていたのね。もう大丈夫よ。」
 「どうして・・・、ここが。しかも何故貴方が?」
 朱美は悪戯っぽく微笑んでみせる。
 「私の推理通りだったのよ。今、手錠。外してあげるから。」

madam

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