強要撮影

アカシア夫人



 第十部 名探偵登場




 第九十七章

 「じゃ、そろそろいいだろう。始めようか。」
 岸谷に促されて、貴子は地下のスタジオで何台も並べられたカメラの前に立つ。既に手錠も足枷も外されていた。しかし、岸谷の目を盗んで逃げ出せるとは到底思えなかった。覚悟は既に出来ていた。岸谷のパソコンからの指示に従って演技をするしかないと何度も自分に言い聞かせていたのだ。
 衣装は岸谷が用意したものだった。ドレープの付いたシックな感じのシルクのドレスだった。膝上のミニ丈ではあるが、品の良さを損なわない程度の節度のあるものだ。
 下着はそれに反して、刺繍で飾られた派手なもので、透けてみえるのではないかと思われるほどの心許ないものだった。
 スタジオ内には普段から使うこともあるのか化粧台もあって、化粧用品も化粧道具も豊富に用意されていた。貴子は念入りに化粧を施すようにと命じられていた。
 岸谷は録画のスタートボタンを次々に押してゆくと、貴子に顎で合図したのだった。

 貴子の真正面に据えられているスクリーンに指示の文句と台詞が映し出された。
 (真正面のカメラに対してカメラ目線で話しかけろ。)
 「私はこれから夫を裏切ることにします。貴方に私を犯して欲しいのです。私の身体の中心部分が疼いて堪らないのです。どうか、私を慰めてくださいませ。」
 (そしたら、ゆっくりスカートの中に手を入れて、ショーツを膝の上まで下ろして見せろ。脚は少し横に開いて、ショーツがはっきり見えるようにするんだ。)
 「ここを見て。そして貴方のXXXを硬く大きくしてください。」
 (ゆっくりスカートの裾を前のほうから持ち上げてゆけ。無毛の股間をはっきり見せるんだ。)
 「貴子のここは、嫉妬深い夫によって剃り上げさせられているのです。他人には恥かしくて見せられないようにする為です。でも、もう恥かしくはありません。貴方にここを、この熱いXXXXを貫いて欲しいのです。」
 (膝を開いたままで、脚を折ってしゃがみこめ。脚をM字に開いて、両手で陰唇を左右に広げて見せるんだ。)
 「ああ、貴子のここはもうじゅるじゅるに濡れてきています。早く、その硬いもので突き刺してください。」
 貴子は目の前に映し出される台詞をただ命じられるままに口にしているだけのつもりだったが、次第に興奮してきて、自分がアカシア夫人そのものに成りきっていくような気がし始めているのに気づいていた。

 「ちっ、ちょっと待て。ストップだ。」
 突然の岸谷の言葉に、貴子は我に返る。カメラの横に居た岸谷の視線を目で追うと、部屋の隅に赤い回転灯が点滅しているのがわかった。
 「邪魔が入ったみたいだ。撮影は一時中断する。」
 岸谷はそう言うと、手錠を持ってきて再び貴子を後ろ手に拘束する。足首にも足枷が嵌められ、布を掛けられた目隠しの衝立を退けると、壁に打ち込まれたアンカーの鉄輪が現れる。そこに再び繋がれることになったのだ。
 「暫く猿轡も嵌めさせてもらう。尤も、大声を出してもこの部屋は防音になってるから上には何も聞こえないんだけどな。」
 そう言いながらも、岸谷は貴子の口を開けさせハンカチを丸めて突っ込むと、更にその上から別のハンカチで猿轡にして口に咬ませるのだった。


 「あの、ごめんください。」
 朱美はドアホンのボタンを押してから、カメラの向こう側に居る筈の家主に向かって話し掛ける。
 「どちら様ですか。」
 「東京の方から来たものなんですけど。ちょっと道が分からなくなっちゃって。アカシア平の木島って家を探してるんですけど。分からないでしょうか。」
 朱美はわざと木島という貴子の姓を出してみることにした。反応を確かめる為だ。
 「木島・・・。木島、何と仰るかたでしょう?」
 「貴子です。木島貴子。お友達なんですけど・・・。」
 「・・・。」
 一瞬、逡巡するような間があった。
 「ちょっとお待ちください。今、玄関に出ますから。」
 「ああ、済みません。」
 (手応えはある・・・。)朱美はそう感じ取っていた。

 「どういうお知り合いで。」
 玄関ドアから出てきた岸谷は、別荘地に不釣合いな派手な衣装の女を試すようにじろっと見つめる。朱美は今日も挑発的なミニタイトドレスで脚を大胆に露出している。
 「東京で知り合ったお友達なんです。近くへ来たら寄って欲しいって言われてたんで、偶々こっちのほうへ来たものだから。あれっ、もしかして。貴方って、バードウォッチャーって仰ってる方じゃないですか?」
 一瞬、岸谷は顔をびくつかせる。
 「やっぱり。まあ、偶然だわ。貴子さんから聞いてますよ。」
 「私の事を?・・・。アカシア平の木島さんですね。ええ、知ってます。あ、良かったら入りませんか。確か別荘街の地図があったと思うんで。」
 「わ、助かります。ここら辺り、何処も景色は似ていて区別がつかないし、道を訊ねるにもあまり人は居ないし・・・。」
 「さ、こっちへどうぞ。応接間ってほどの部屋じゃないんですが。」
 岸谷が招じ入れたのは、仕事部屋とは反対側のほうの隅の部屋だった。ソファと珈琲テーブルがあって、いかにも編集者との打ち合わせにでも使っていそうな部屋だ。その奥には二階へ上がってゆけるらしい螺旋階段がある。鋼鉄製の頑丈そうな手摺りが付いている。
 朱美は薦められたソファに腰掛ける。ミニスカートの裾の奥を見せてしまわないように素早く脚を組む。
 「お茶でも淹れますよ。普段あまり見ない地図だから、すぐに探し出せるか判らないので。」
 「ああ、お構いなく。でも、ちょっと喉が渇いているので、頂けるのなら嬉しいけど。」
 「すぐ、お持ちしますよ。その辺の写真集でもご覧になっていてください。」
 そう言うと、岸谷は部屋に朱美を残してキッチンへ向けて出て行く。
 独りになったところで、朱美は部屋の周りを見回す。壁に沿って書棚が続いていて、様々な写真集が並んでいる。全てが岸谷のものでは無さそうだった。耳を澄ましてみるが、物音は聞こえてこなかった。

 「私の事はどんな風にお聞きになってるんですか?」
 戻ってきた岸谷は、ティーカップにいれた紅茶を朱美に差出しながら慎重に切り出してみる。
 「貴子さん、結構興味を持ってられるみたいよ。貴方の事。不思議な人だって言ってたもの。写真をやってられるんでしょ。」
 「ええ、まあ。半分趣味みたいなもんですが。」
 「それでバードウォッチャーって自称なんですか。」
 「ははは、まあそうです。」
 朱美は出された紅茶を口元に運ぶ。
 「あ、そうそう。アカシア平って、ここから遠いんですか。」
 「あ、そうだ。地図を持ってこなくちゃ。仕事場のほうにあったと思うんで探してきますね。ちょっとお茶でも呑みながら待っててくれませんか。」
 「済みません。お手数を取らせてしまって。」
 岸谷が部屋を出てゆくなり、朱美はカップの中の紅茶を部屋の隅にあった観葉植物の鉢に空けてしまう。さっきは口をつけて呑んだ振りをしただけだった。喉が渇いていると言ったのは、岸谷の部屋を探る時間を稼ぐ為だった。

 岸谷が戻ってきたのは、15分ほども経ってからだった。朱美はうとうとしかけていた。
 「遅くなって済みません。すぐに見つからなかったものですから。」
 岸谷の声に、朱美は首をびくっとさせて顔をあげようとする。しかし、頭はふらふらしている。
 「ああ・・・。あの、ご免なさい・・・。何だか、急に眠くなっちゃって。」
 「おや、大丈夫ですか・・・。そこで少し休んでゆかれたらどうですか。」
 「あ、いえ・・・。あら、あたし。何だか変だわ。」
 朱美は、椅子から立ち上がって、螺旋階段のほうへ歩み掛ける。しかし、その足取りはふらついている。
 「あれ・・・。どうしちゃったのかしら・・・。ふらふらする・・・。」
 「あ、危ないっ。」
 螺旋階段の手摺りのほうへ倒れ掛かろうとする朱美のほうへ、岸谷が立ち上がって手を差し伸べる。
 その一瞬だった。
 くるりと向きを変えた朱美は何時の間にか手にしていた手錠を伸ばしてきた岸谷の手首にするりと掛けると、すぐさま反対側を鋼鉄の手摺りに繋いでしまう。電光石火の動きだった。男に手錠を掛けるのは日常茶飯事のことなのだ。
 「な、何をするんだ。おまえっ・・・。」
 朱美はさっと身を翻して岸谷から離れる。岸谷はあまりの突然のことで何か何だか判らなかった。しかし、朱美が隠し持っていたらしい手錠でまんまと拘束されてしまったのだった。

madam

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