アカシア夫人
第十部 名探偵登場
第九十八章
「紅茶に何か入れてたでしょ。だいたい判るのよ。男のやり口は。」
「の、呑んでなかったのか・・・。く、くそう。」
朱美は岸谷が飛びつけないような距離のところまで離れてから、部屋の中を見回す。入口の傍に鉄製の薪ストーブがあって、その隣に頑丈そうな火掻き棒があるのが目に入った。
(ちょうどいいものがあるわね。)
朱美はその火掻き棒を取り上げる。喧嘩の仕方は心得ていた。
「な、何するつもりだ・・・。」
朱美が火掻き棒を振り上げたのを見て、岸谷は身構える。
「うぎゃあっ。」
朱美が振り回した火掻き棒の先は、確実に岸谷の向こう脛を打ち据えていた。所謂、弁慶の泣き所という場所だ。岸谷は堪らず、片方の手首を手摺りに繋がれたまま、その場に崩れ落ちる。
「さ、ズボンを脱ぐのよ。言う事を聞かないと、もう一発お見舞いするわよ。」
痛みを必死で堪えながら、岸谷は朱美のほうへ顔を上げる。朱美はもう一度、火掻き棒を高く振り上げる。
「ま、待てっ。わかった。」
岸谷は自由なほうの手で、ズボンのベルトを外す。
「ついでにパンツも取って頂戴。」
「何だとぉ・・・。」
本当はパンツまで脱がせる必要はなかったのだが、男をひるませるには女の前で下半身を晒させるのが効果的なのだと、朱美は心得ていた。
「くそう。こんな事して、只で済むと思うなよ。」
そう言いながらも朱美に命じられたとおりに、すごすごと下半身丸出しになるのだった。
朱美は岸谷が脱いだズボンとボクサーパンツを火掻き棒の先で部屋の隅に投げやると、それを検めにゆく。ズボンのポケットからは、朱美が見当をつけた通り、キーホルダーについた鍵束が出てきたのだった。
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