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アカシア夫人



 第十部 名探偵登場




 第百章

 貴子は朱美のおかげで監禁されていた地下のスタジオから漸く解放されたのだった。朱美から、岸谷が応接間にある螺旋階段の手摺りに手錠で繋がれていると聞かされると、貴子は何時しかの脱走犯が山荘に忍び込んできた時のことを思い出し、奇妙なデジャブ感を味わうのだった。
 「今、和樹を連れて来る。」という朱美を貴子は引き留めた。
 「待って。夫は連れて来ないで。代わりに、長野県警の桶川っていう刑事に連絡して欲しいの。」
 怪訝な顔をしながらも、朱美は持っていたスマートフォンで長野県警の電話番号を検索する。
 「ええ、そうなんです。木島貴子という女性です。そうです。本人が直々に桶川さんにと言っているもんですから。ええ、分かりました。到着をお待ちしてます。でも出来るだけ早くにお願いします。犯人は手錠一本で拘束しているだけなので。はい、じゃあ。」
 貴子は朱美が自分に代わって警察に連絡をしてくれているのを横で呆然と聞いていた。自分から話せるほど、まだ冷静になれないでいたのだ。しかし、自分の知っている桶川刑事が駆けつけてくれると聞いて、次第に落ち着きを取り戻し始めていた。
 「ねえ、朱美さん。あなた、あいつがいろいろコレクションしていた私の色んなもの、見た?」
 「ああ、あの陳列室みたいなところのあれね。ええ、ごめんなさい。観てしまったわ。」
 「いいの。仕方ないわ。助けに来て呉れたんだもの。あれ、私・・・。警察には全部引き渡すつもり。でも夫には見られたくない。見せたくないの。」
 「うん、わかる気がする。」
 「お願いがあるの。警察が来たら、このまま夫を連れて東京へ戻ってくれないかな。」
 「えっ、私が貴方の夫と東京から来たって何故分かるの?」
 「分かるわよ。私、見たの。夫の書斎で。抽斗に、貴方と一緒に東京で選んであげたネクタイピンが入っていたわ。」
 「そう、そうだったの。わかったわ。とにかく、今日は連れて帰るわね。」
 朱美も、貴子もそれ以上は深く詮索はしないことにしたのだった。

 数人の部下を連れてやってきた桶川の動きはスピーディだった。最初に貴子と二人だけになって事情を聞くと、部下にてきぱきと指示をして、俊介の捜索に向かわせた。その間に貴子に案内されて、証拠品をひとりで段ボールに押収していったのだった。
 「奥さん。大丈夫です。安心して証拠の押収品を私に預けてください。私が責任を持って管理して、必要最小限の裁判官や検察官にしか公開しませんから。あ、それから今、無線に連絡が入って、俊介さんの生存が確認されました。かなり衰弱しているのと、両足を骨折しているようですが、生命に別状はなさそうです。堕ちた時に木の枝に一度引っ掛かったのが、幸いしたようです。オートバイはぐちゃぐちゃだったそうですがね。堕ちた場所のすぐ傍に水が流れる沢があったので、生き延びることが出来たようです。なにせ自分では生還出来ないほどの怪我を負ってましたからね。」
 貴子は、俊介が無事だったと聞いて、思わず涙を抑えることが出来なかった。
 (生きていた・・・。よかった。)
 貴子には、自分の痴態が世間に明るみになってしまうこと以上に、俊介の安否をきづかっていたからだった。

 後日、貴子は桶川という老練な刑事から電話で報告を受けていた。岸谷がしたことは略取・誘拐という罪状になるらしく、かなり重い犯罪で長期の実刑は免れ得ないだろうとのことだった。貴子が調べていた真行寺未亡人についても、貴子が内情をある程度知っているだけに、かなりの深い捜査内容まで教えてくれた。未亡人のアダルトビデオの存在を嗅ぎつけたのも、やはり岸谷で、それをネタに様々な猥褻な写真を強要して撮っていたようだった。そもそも未亡人がアダルトビデオに出演してしまったのは、元夫が破産して華族の財産を失い家が凋落していくのを何とかしようとしてのことだったらしかった。押収された証拠品には貴子の物以外に真行寺夫人に関するものも多く含まれていて、岸谷が真行寺夫人の自殺に関係していたことが立証されれば、更に罪科が課されることは間違いないだろうとのことだった。

madam

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