アカシア夫人
第十部 名探偵登場
第九十三章
戻ってきた岸谷は、繋がれたままの貴子の前に三脚に据えられた大きなスクリーンを用意する。更にはその対面にパソコンとそれに繋いだプロジェクタを据えたのだった。
「何をしようというの?」
「これからお前にいいものを見せてやろうという訳さ。」
岸谷の口元は醜く歪んだまま笑っていた。
岸谷がパソコンを操作すると、貴子の目の前のスクリーンに動画が映し出された。見覚えのあるその景色は、貴子と和樹の山荘のバルコニーに違いなかった。そこにデッキチェアに寛ぐ貴子の姿があった。寛ぐというより、うたた寝をしているのだった。傍らのテーブルに置いてある文庫本は時折吹いてくる風にあおられて、ページが勝手にめくられてゆく。風にそよいでいるのは文庫本のページだけではなかった。寝そべった貴子の穿いている短いスカートの裾も風に揺らいでいる。一瞬、風に煽られたスカートが大きく翻って、その下に穿いている白いショーツがちらっとだが、はっきり覗いて見えたのが判った。
次のシーンは同じ山荘の朝のバルコニーの様子だが、朝早くのようだった。誰も居なかったバルコニーの後ろのフレンチ窓が開かれて、貴子が出て来る。いつもの寝巻きにしている股下ぎりぎりまでしかないベビードールのネグリジェ姿だ。両手を大きく開いて伸びをする。ベビードールの裾は必然的にずりあがって、下に穿いたショーツの股間の膨らみが露わになる。その股間に向かってカメラがズームアップされたようだった。
(こ、これは・・・。)
貴子は自分の寝室の前にあるバルコニーが何処かに設置された隠しカメラで盗撮され続けていたことに気づいたのだった。
次のシーンは夜中のバルコニーだった。画面が暗いせいか、撮られている画像の粒子は粗かった。しかし、そこでは貴子だけではなく、夫の和樹までが映っているのが判る。貴子は裸に近い格好で縛られ、首輪で牽かれている。首輪に繋がっている鎖がバルコニーのどこかに繋がれると、急に画面は明るくなり、貴子の姿がくっきりと明瞭に映るようになる。バルコニーの照明が点けられ、貴子の身体を闇の中で浮かび上がらせたのだと判る。貴子は記憶の奥底を呼び起こそうとしていた。
「や、やめてっ。止めてえ。」
貴子はそのシーンの続きに現れる筈の場面を思い出して、必死で叫んだのだった。
岸谷が満足げにパソコンを操作して画面を止める。
「ひ、酷いわ。こんなこと・・・。」
「この先、どんな事が起きるか、ちゃんと覚えていたようだな。じゃあ、こういうのはどうかな。映像だけじゃ物足りないだろう。」
岸谷がパソコンを再び操作すると、貴子もみたことのある画面になる。メディアプレーヤーという音源を再生するソフトの画面の筈だと思った。
(ね、お願い。和樹さんが言うことは何でもするから。お願い、その前におトイレに行かせて、ねっ。)
(いや、駄目だよ。限界まで我慢して貰わなくっちゃ。その時の顔が観てみたいんだよ。)
(駄目よ。駄目だったら・・・。ああ、どうしよう。ああ・・・。)
(まだ、大丈夫なのか。まだ、我慢出来るのか。)
(が、我慢、なんて・・・。で、出来る訳、な、無いわ・・・。)
(ああ、もう駄目っ・・・。)
聴こえてきた自分の肉声に、貴子は自分の耳を蔽いたかった。しかし、それは両手の自由を奪う背中の手錠がそれを貴子には赦してくれないのだった。
「お願い・・・、もう、停めてください。」
自分の、いや、自分の夫、和樹との、他人には見せられない営みが延々と晒されようとしている映像と音源があることを身を持って知らされたのだった。
「こんな事、世間じゃ絶対許されることじゃないわ。貴方のした事は、立派なストーカー行為よ。私が訴え出れば、貴方は社会的生命を失うのよ。判っているの?」
「判っていないのは、むしろお前のほうだろ。こういう物が明るみに出れば、社会的地位、いや存在を葬り去られるのは誰なのかな。」
「そんな脅しには屈しないわ。私は身を捨ててでも貴方を訴えてみせるわ。」
「へえ、そうかい。じゃあ、少し冷静になって頭を冷して考えてみるんだな。」
そういい捨てると、岸谷は部屋を出ていこうとする。それを言い留めたのは貴子のほうだった。
「ま、待って・・・。・・・・。」
「何だ。この上、何が言いたい?」
貴子は言いそびれていたことを口にせざるを得なかった。
「あ、あの・・・。お、おトイレに行かせてほしいの・・・。」
それは貴子にとって、最も屈辱的な言葉だった。岸谷の行為を責めて置きながら、その相手にお願いせざるを得ないのは身を切る辛さがあった。
「何だって。もう一度、言ってみろっ。」
岸谷は明らかに判っていて、貴子にそう命じたのだった。貴子は唇を噛んでその口惜しさに堪えねばならなかった。
「お、おしっこが・・・。おしっこが、したいのです。ど、どうか。どうか、トイレに行かせて・・・、行かせてください。」
岸谷は蔑むような目で貴子を見るのだった。
「お前は、まだ自分の立場が判っていないようだな。よおく思い知らせてやる。」
そう言うと、岸谷は再び衝立の向こうへ姿を消す。そして、姿を見せた時に手にしていたのはガラス製の尿瓶だったのだ。
岸谷は貴子の繋がれている直ぐ前にそれを置くと、一緒に持ってきた縄で貴子の壁に繋がられてはいないほうの足首を縛りだした。括り付け終わると、その縄のもう一方の先を壁の隅にある配管に結び始めた。結び終える前に、その縄を手繰り寄せると、貴子は縄に引かれて、部屋の中心に向けて身体を向けざるを得なくなる。その貴子の真ん前に岸谷は尿瓶を置きなおした。そして、拘束された貴子の前に立つと、腰のほうに手を伸ばして、貴子の穿いているショートパンツのボタンを外し、股間の前のジッパーを一気に下へ引き下ろしてしまった。
「俺は、スカトロの趣味がある訳じゃないんでな。部屋は出ていってやるけど、お前がどうするかはお前の自由だ。」
そう言うと、貴子の真正面に三脚に据えられたビデオカメラを置いて、撮影開始ボタンを押す。レンズの横の赤いLED照明が、獲物を狙う蛇の眼のように貴子には思われた。用意が終ると、岸谷は衝立の向こうにあると思われるドアから出ていってしまったのだった。
限界はどんどん近づいてきていた。一刻も猶予がならない。貴子は覚悟を決めた。不自由な背中の手で、なんとかショートパンツとショーツを引き下げる。膝のところまでは何とか下ろせたが、両足とも繋がれてしまった為に目の前の尿瓶を足で手繰り寄せることが出来ない。貴子は身体をぶるっと震わせた。もう限界が近い。
貴子は膝を床に着いて跪くと、そのまま身体を前に倒す。顔がガラスの尿瓶に触れる。使えるのは口しかなかった。観念してそのガラスの容器の取っ手を口に咥えると、手前に引き寄せる。
(これなら、何とか股間を充てられる・・・。)
貴子が体勢を立て直して、膝を開いてその上にしゃがみ込もうとした時には、雫が垂れ始めてしまっていた。
「ああ、惨めだわ・・・。」
少しだけ小水を床に溢してしまったが、後はなんとか尿瓶の口から注ぎ込むことに成功した。放出し終わっても、まだ陰唇からは滴がはしたなく垂れ落ちていた。何かで拭いたいがそれも叶わない。ショーツを汚す覚悟で、貴子は腰を上げると後ろ手でショーツとショートパンツを手繰り挙げる。ショーツは何とか穿けたものの、ショートパンツのジッパーは自分では引き上げることは出来ないのだった。
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