stadio5

アカシア夫人



 第十部 名探偵登場




 第九十五章

 「こんな事して、絶対に許さないわ。私の恥かしい画像や音声が撮られたからって、私が泣き寝入りするとでも思ったの?そんな事しようとしたって、警察に訴えてやるわ。」
 「へえ、そうかい。それじゃ、こういうのはどうたい?」
 岸谷が貴子の目の前でパソコンを操作する。すると、プロジェクターから貴子の目の前のスクリーンに、パソコンの画面が映し出される。それは表計算ソフトで作られた何かのリストのようだった。画面に見入っていた貴子だったが、それが和樹と一緒に作った転居届けを出す時の住所録であることに気づいて蒼くなった。
 「こ、こんなものを何時の間に・・・。」
 「奥さんの痴態ビデオを配送するのに、宛先が必要だからね。」
 「どうして、こんなものまで・・・。」
 「奥さんの山荘にあるものは、全てお見通しなんだよ。ほら、こんな写真まである。」
 岸谷が次に開いた画像は、貴子が昔のスナップ写真からこっそりスキャナ撮りしてトリミングして取っておいた、昔好きだった人のポートレイトだった。
 「この男の写真を額に飾って、真正面に置いてオナニーしてたよな。好きだったんだろ。こいつが。」
 「や、やめてっ。ああ・・・。」
 「どんなシーンがいいかな。バルコニーで夫に後ろから犯されてそのあとお洩らしをするシーンかな。夫の前で、スカート捲くって、あそこ無毛なのを確認されるところかな。紙オムツにおしっこ洩らすシーンっていうのもあるけど。」
 「ああ、やめて。言わないで。そんなもの、送られたら生きていけないわ。」
 「だんだん自分の立場が判ってきたようだな。住所録には、旦那のほうの親族のもあったからな。そっちにも残らず配送出来るんだぜ。」
 「な、なんて酷いことを・・・。」
 貴子は岸谷に言った強がりが何の役にも立たないことを思い知らされて、愕然として首をうな垂れるのだった。

 「それじゃあ、三河屋の若僧も居なくなっているっていうのかい?」
 「居なくなってから、もう二日は経っているようなんですが。」
 自分の家では何処に盗聴機や盗撮カメラがあるか判らないので、迂闊な話は出来ないと、朱美に連れてきて貰ったのは、山小屋風喫茶店カウベルだった。マスターには朱美は仕事上の同僚だと説明しておいたのだ。
 「まさか、一緒に何処かへ行ってるって事はないんだろうな。ね、マスター。他に何か知ってることないかな。貴子のことで。」
 「そうですね。そう、最近、奥さんは電動自転車に乗られてましたよね。ここにも何度か乗って来られていました。三河屋の俊介君と一緒ということはないと思いますよ。だって、一緒なら三河屋さんの車を使う筈でしょ。でも、その配送車は乗り捨てられてたんですよ。まさか、電動自転車に二人乗りして、何処かへ行くなんて考えられないでしょ。」
 「それも、そうだなあ。」
 「ねえ、その電動自転車って、やっぱりその三河屋さん経由で買ったんじゃないかしら。」
 「多分そうだと思いますよ。デパートとかで注文する際も、三河屋さんが代行してることが殆どですから。」
 「ねえ。その三河屋さんに行って、注文伝票とか見せて貰ったら、何か手掛かりが掴めるんじゃないかしら。」
 「ふうむ。そうだな。ここに居ても、これ以上手掛かりは探せそうもないし。ありがとう、マスター。色々助かったよ。」
 「あまりお役に立てなくてすみません。お気をつけて。」
 「ああ、それじゃまた。」
 会社の部下だということにしてある朱美を伴って、いや足が不自由な今は朱美に伴われてというほうが正確かもしれなかった。和樹は妻の注文伝票を調べる為に、三河屋へ朱美の車で急行することにしたのだった。

 訪ねていった三河屋の親爺は事情を話すとすぐに注文伝票の束を持ってきてくれた。息子の消息をつかむヒントにでもなればと思ったらしかった。
 「あった。これだわ。1箇月ほど前に大門デパートへ注文している。配送日は、ええっとこの日だわ。」
 「ふうん、しかし貴子は自転車には乗れなかった筈だけどな。」
 「ああら、今時、自転車なんて練習すれば誰だって一日で乗れるようになるわよ。」
 「練習?あいつが独りでするかな。」
 「あれっ、これも奥さんの注文だわ。でも変ねえ。品名が伏せてある。」
 「ふうん、ほんとだ。結構高いものだな。1万円以上するものを5点も買ってる。」
 「何だったのかしらね。あれっ、この日付と値段。同じ物じゃないかしら。注文主は俊介って、ここの店の子よね。」
 「鎌倉夫人・・・。軽井沢夫人・・・。武蔵野夫人・・・。なんだ、これっ。」
 「値段から言って、アダルトDVDだわね。なんとか夫人シリーズを集めてたんじゃないかしら。」
 「お前、知ってんのか。こういうビデオ?」
 「だいたいわね。深窓の貴婦人が、悪い男に脅されて、辱めに遭うみたいなストーリーよ。お決まりのパターンね。」
 「でも、なんだってこんな物を幾つも・・・。」
 「奥さんが自分で注文するのは恥かしいから、俊介って子に代わりに注文させてたんだわ。そうするからには、中身が大体どんな内容なのかは知ってたってことね。」
 「観てオナニーする為に買ってたんだろうか?」
 「あなたが性に淡白だったら有り得るかもしれないけど、まずそうじゃないわね。」
 「じゃ、なんで・・・。」
 「ねえ、奥さんってパソコンとか使ってなかった?」
 「ああ、自分のを持ってる筈だけど。」
 「じゃ、今度はそれ調べてみましょうよ。」

madam

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