理科室の悪魔
第三部
六十五
「どうしたの、皆んな? 今日はなんだか落ち着かないみたいね。ちゃんと授業に集中してっ。」
美津子の声に教室が再び静まり返る。それを確認して美津子は再び黒板に向かう。
試験範囲のページを黒板に書き記しながらもさっきほどではないが忍び笑いするような生徒のひそひそ声が微かに聞き取れたのだが、美津子は無視をすることにした。
「オナニー先生っ!」
突然背後から一人の男子生徒に呼びかけられて美津子はさっと振り向く。
「えっ、今何て呼んだ?」
美津子は声を掛けたらしい男子生徒に向かって問いかける。
「先生って呼んだんですよ。」
「その前に何か言わなかった?」
「『こんなに?』 って言ったんですよ。」
「えっ、それって試験範囲のこと? これくらいは当前でしょ。驚くほどの範囲じゃないわよ。」
その答えに対して教室内がどっと沸いた。
(いやだわ。私・・・、聞き違えたのね、きっと。)
美津子は生徒等の反応に首を傾げながらもつとめて平静を装うようにしてその日の授業を初めていくのだった。
「先生っ。背中に何か付いてますよ。」
理科の授業を終えて職員室に戻ろうとする美津子を追いかけてきた女生徒の一人が後ろから声を掛ける。
「あらっ、本間さん。何かしら?」
背中に何か付いていると言われて後ろに手を伸ばした美津子の指先に紙の端らしきものが触れる。
(え、何だろう・・・?)
更に手を伸ばして何とか紙の端を掴んだ美津子はそれを目の前にして蒼褪める。
(こ、これって・・・。)
「ねえ、本間さん。わ、私・・・。授業中、ずっとこんなものを背中に貼り付けていたの?」
本間に問いかけようと後ろを振り返った時には既に本間の姿は無かった。
(一体、何時の間に・・・。)
その時、美津子は教室に入る前に何人かの男子生徒に背中を叩かれたのを思い出した。
(あの時だったんだわ。でもあの時、誰だったっけ。)
一人では無かったのは、実際に誰がやったのか分からなくする為に違いなかった。
(授業の途中で『オナニー先生!』って呼びかけられた気がしたのは聞き違いじゃなかったんだわ。この貼り紙を見て、呼びかけたんじゃないの・・・。)
あの時、教室中がどっと沸いたのを思い出して美津子は顔から火が噴き出たかのような気持ちになって顔を赤らめる。
(でも、どうして『オナニー先生』なのだろう。紙を背中に貼り付けたのは男子生徒に違いない筈なのに・・・。ま、まさか女子生徒の誰かがあの性教育授業の時のことを男子生徒に洩らしたのでは・・・。)
すぐに朱美と悦子の顔が浮かんでくる。美津子は身体中がわなわな震えるのを禁じ得なかった。
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