妄想小説
プール当番
第一章 新任教師に仕掛けられた罠
圭子が、殖蓮高校に転入してきたのは、異動とは時期外れの6月末だった。だから、もう既に様々な係、役目は決まっていて、ただひとつ決まっていなかった水泳主任を任されたのは自然に思えた。ちょうどプール開きがこれからで、プールが使用される期間が始まろうとしていたところで、何の係も持っていない圭子にはうってつけとのことだった。
一応の案内は全て終わり、学校内のことがだいたい頭にはいった着任二日目の放課後、圭子は体育主任の権藤から、水泳主任の仕事を説明されていた。
ちょうど明後日の月曜日がプール開きの為、その準備もあったのだ。権藤は職員室の後ろの鍵棚からプール室関係の鍵の束を取ると圭子に付いてくるように目で合図した。
だいたいが無口で、無愛想な男だと、圭子は感じていた。が、根は実直そうでもある。
もう人が誰も居なくなった西校舎を通り抜け、体育館の裏側の建物とコンクリート壁の間の狭い空間がプールへ抜ける近道になっていた。
金網になっているフェンスの真ん中にある、これも金網で出来ている扉にかかる南京錠を開け、権藤は付いてくるように促す。
階段を登ると、水色に下塗りされたプールに、もう水が満杯に張られていた。数日前に業者が苔落としの掃除をし終わっていると権藤から聞かされていた。
プールの上できらきら光る水面を(綺麗だわ)と感心して見ていた圭子を置いて、権藤は既に用具室のドアの鍵を開けていた。
「こっちへ来て。ここに必要なものが全てあります。」
既になかに入っている権藤の後を追って、圭子は用具室のドアから首だけ突っ込んだ。用具室は薄暗く、物静かで、男女二人だけで入るのはためらわれたのだ。
「この棚の上にみんな揃っています。これが、消毒材。これが水質検査用具。これが、・・・・。」
首だけ突っ込んでいる圭子にはおかまいなしに、権藤は自分のペースで説明してゆく。前の学校でもプールの当番はやったことがあり、道具や用意の仕方はだいたい心得ていた。
「ええっと、これで判りますか。」
「ええ、なんとか。大丈夫と思います。」
「じゃあ、鍵を預けますので後は宜しくお願いします。あっと、それから、月曜日は朝から校長も入ってプール開き式になりますので、出来たら、日曜日にでも、もう一度、最終点検しておいてくれますか。」
「えっ、はあ、はい。」
圭子はみんなが水泳主任をやりたくない訳が分かった様な気がした。(日曜までか。)しかし、新任の教師なので、それくらいの奉仕は当り前なんだろうと思い直した。
次の朝、圭子は早起きをした。6月も末ともなれば、5時にはもうすっかり明るくなっている。体育主任の権藤から言われていた、プール開きの前の準備を整えておく為に、圭子は朝早く学校へ出かけることにしていたのだった。
朝5時過ぎの学校はさすがに誰も居らず、しいんと静まりかえっている。その日は、別に大した汚れ仕事をする訳でもないし、必要な器材の最終確認をするだけなので、圭子は点検が終わってすぐそのまま、街に出かけられるように、お気に入りのフレアなミニのワンピースを着てきていた。ちょっと透けるのではと思わせるようなふわふわっとしたジョゼットの生地が、街なかでは男たちの視線を惹くことを感じていた。休みの日に、街を歩いて、見知らぬ男たちに振り向かれるのは、決して悪い気分のものではなかった。
用具室の鍵を開け、今度は一人でなかに入る。ぷうんとカルキの臭いが漂う。小さな窓から入ってくる明りで、十分、中は見渡せたので、薄暗い部屋ではあったが、敢えて電灯は付けなかった。朝のこんな時間に学校のこんな場所に居るということをまわりに知られたくないという気持ちもあった。
用具室は雑然と物が散らかっていて、気を付けないとバケツやらモップやらに足を取られて転びかねない。圭子は要領よく、それらを踏み分けて奥の棚まで進み、水質検査の道具を探し出した。
一旦、用具室を出て、道具を持ってプールへ向かう。水質検査はプールの4箇所の隅で行わなくてはならない。圭子は腰を屈めて水の検査を行う。プールから水を採取する為に手を伸ばし、屈み込んだ瞬間、後ろから覗かれているような気がして慌てて振り替える。短いワンピースなので、不用意に屈んだので、太腿の付け根まで丸見えになったかもしれなかった。振り替えって見るが、プールには誰も居る気配はない。朝の5時過ぎだから、当り前といえば当り前なのだが。
一箇所検査し終わると、次の角へ検査具を持って移動する。(誰か居る時は、こんな短いスカートは穿けないわね。)そう思いながら、次の角で、誰も居ないのは分かっていながら、腰を斜めに折るようにして、スカートの奥が覗けないようにしゃがみこんだ。
が、やはりしゃがみ込む一瞬、誰かに見られているような気がする。
さっと立ち上がって、あたりを見回すが、やはり人の気配はない。
何となく気分の落ち着かない圭子は、4箇所検査する筈のところを省略して、記録簿に今日の日付と、4箇所問題なかった旨記載し、用具室へ向かう。
なんとなく、あの暗い用具室へ一人で入るのは嫌な気がした。(さっと片付けてしまって、街へ繰り出そう。)そう決心して、圭子は用具室の奥の棚へ水質検査用具を運ぶ。
元あった棚の上の段に、ちょっと背伸びして用具を置こうとした瞬間、バタンと用具室の鉄のドアが閉まる音がした。圭子は一瞬、心臓が止まりそうになるほどびっくりした。
(風かしら、嫌ね。)
心の動揺を落ち着かせようと努めながら、ドアへ向かった。
突然、圭子は後ろから羽交い締めにされた。声を出そうとする前に圭子の口と鼻には何か湿ったものを含ませたハンカチが強く当てられた。瞬間、つうんと強い刺激臭で、圭子はむせそうになり、大きく息を吸ってしまう。その途端、意識が急激に薄れてゆくのを感じた。(何故、何なの。・・・・。)
しかし、それ以上はもう何も分からなかった。
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