妄想小説
恥辱秘書
第十八章 切迫した吹き替え編集
六
落ち込んでいる筈の裕美の元へいち早く美紀を送り込んだのは、他ならぬ芳賀だった。全てを仕組んだ芳賀は、長谷部と裕美に、あの日のことで話をさせてはならないとすぐに感じ取っていた。長谷部にも、裕美にも、どちらもあの日のことは自分の過ちだったと思わせておかねばならなかったのだ。その為には気まずい思いのまま二人を別れさせておく必要があった。そして休職ということにさせて自宅待機させておく裕美の代わりに、自分の言うように動く美紀を秘書として張らせておくのは、何かと今後の作戦にとても都合がよかったのだった。
「専務、芳賀課長がお話があると見えておられますが、如何致しましょうか。」
「え、芳賀君が?そうか、お通ししてくれ。あ、お茶は出さんでいいから。内密な話があるのだと思うんでな。」
「畏まりました。」
新たに秘書になった深堀美紀は、何事にも卒なく秘書役をこなしていた。初めて秘書室で逢った時も、いかにも秘書らしい姿格好だと長谷部自身驚いていたほどだ。裕美のような愛くるしさはないが、裕美よりずっと上背があって颯爽として歩く姿は、都会のキャリアウーマンそのもので、仕事上でも頼りがいがあるように思われた。美紀も、制服のスカートを短めに直しているようだったが、タイトに詰めているのが、そのすらっとした長身に似合っていて、隙をみせないセクシーさというように感じられた。
その美紀が、特徴あるノックの音で、芳賀を案内してきたことを教えていた。
「専務、お久しぶりです。ちょっと内密なお話がありまして。」
「ああ、判っている。あ、深堀くん。じゃ、もういいから。」
後ろに控えている美紀に目配せして下がらせると、芳賀を中に招じ入れる。
何か裕美に関係したことではないかと密かに不安がりながらも、聞き出した芳賀の話は長谷部が全く予想だにしないものだった。
「この執務室に暫く前から監視カメラが据え付けられているのはご存知ですよね。」
「何?監視カメラ?・・・。いや、気づきもしなかったが。」
そう言われて長谷部が部屋を見回すと、確かに部屋の四隅の天井に見慣れない黒い半球形の物体がぶら下がっている。よく見ると内部に赤いLEDが点滅しているのが微かに見て取れる。
「監視カメラって、あれの事か。」
「左様です。」
「あれは誰が監視しているんだ。」
長谷部の心の奥底で言い知れぬ不安が広がり始める。
「普段は誰も見ている訳ではありませんで、総務にあります機械室へデータが送られ、情報だけが保存されるようになっています。容量の関係で、数日分しか残っておらず、何もなければ上書きされて消されるようになっております。何か事件があった時だけデータを取り出すようになっているのです。」
長谷部の喉がごくりと鳴る。
「何かって・・・、何かあったのか。ここ最近?」
長谷部の顔をじっと覗き込むように芳賀が見入っていた。そしておもむろに話し出した。
「勿論、何もございません。今現在は三日前のデータまでしか残っていない筈です。」
(三日前)と言われて、長谷部は頭の中で指を折って、裕美との事があった日を確認する。ぎりぎりではあるが、もう上書きされて消されてしまっている筈だ。
「そ、それで・・・。」
相手を覗うように見ながら、長谷部は先を促す。
「実は、この機械にはちょっと問題がありまして。それで、急遽この機械を撤去しようと思っております。」
「撤去?問題?何の事だ。」
長谷部は益々不安に駆られて目の前の芳賀に詰め寄るように言葉を口にする。
「実はデータの転送方法に問題があるのです。無線を使って転送するようになっておるのですが、その無線の情報転送のセキュリティが甘いということが判ったのです。」
「何だって?そ、それじゃ、盗聴されてるとでも言うのか。」
「いや、その、そういう心配があると申し上げておるのです。実は業者選定の折、相見積もりを取るよう、経理のほうから要請されておりまして、二社比べたところ、一社がかなり安かったのです。それでその会社のシステムを採用することにしたのですが、後で調べたところ、実はそのシステムには無線で信号を送る際の暗号化によるセキュリティが省略されていることが判明したのです。」
芳賀は入念に練習してきた台詞を一気にまくし立てた。一気に説明されたことで、長谷部は何がどう拙いのかよくは判らなかったが、とにかく今のものには問題があることだけは理解した。
「それで、今すぐ撤去致したいと思います。作業は急を要しますので、私が今、行います。新しいシステムに関しましては、安全性等充分に検討した上、導入を図りたいと・・・。」
「いい、もういい。そんなシステム、私の部屋には必要ない。今後一切そんなものを私の部屋に取り付けることはまかりならん。」
吐き捨てるように言い切った長谷部だったが、内心ではパニックになりかけていたのだ。
「そうですか。わかりました。とりあえず、この監視カメラはすぐさま撤去させて頂きます。」
そういうと、芳賀は執務室の扉のすぐ外側に用意してきていた脚立を取りに行き、自分の手で証拠である監視カメラを取り外し始めたのだった。
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