回想4

妄想小説

恥辱秘書






第十八章 切迫した吹き替え編集


 四

 長谷部専務はあれからずっと急な出張続きで、自分の執務室である事業部長室へは戻ってきていなかった。いつもなら、電話で出張などの要務の変更を告げてくるのだが、あの日以来、予定の変更は秘書である裕美への電子メールでの連絡のみだった。その為、裕美は秘書室で何もすることもないまま、ひとりぼっちの日々が続いていた。
 情報屋と名乗る謎の男からの指示は、総務の放送室で偽の音声吹き替えをさせられて以来、ぴたりと途絶えていた。それはそれで裕美に安穏の日々を与えてくれてはいたのだが、何もないことが却って不安な気持ちにさせる原因にもなっていた。
 ひとりっきりになって、ぼんやりしていると、どうしても過去の事が思い出されてきてしまう。自分では思い返したくないと思っているのに、何時の間にかその時のシーンを思い浮かべている自分に気づいてしまうのだった。

 目の前の机に長谷部が座っている。その視線は長谷部の前に直立不動の姿勢を取っている裕美の下半身に向けられているのが痛いように感じられる。それなのに、自分の手でスカートをたくし上げなければならないのだ。
 (恥ずかしい・・・。何故、こんなことを・・・。)
 自分でもどうしてそんな事をしているのか、判らない。
 (ああ、何故・・・。)

 そこでふと我に返るのだ。
 (自分は長谷部に命令されたのだったろうか。絶対服従の上司の命令で・・・。いや、そんな筈はない。私はあの男に命令されたのだ。情報屋と名乗るあの男に・・・。)
 そう思いながらも、裕美には長谷部に下着を取るように命じている声が頭の中に響いていた。
 裕美は混乱していた。それが実際に起こった事なのか、その後吹き替えのテープを作らされた時に演じた役でのことなのかが頭の中でごっちゃになってしまうのだ。どちらも自分では思い出したくない記憶だった。深くは考えないようにしてきた。そのせいもあるし、情報屋から台詞を事前に吹き込まれて長谷部を誘惑するように喋ったことも、その後で、自分の言葉を摩り替えるように喋ったことも、自分の本心からの言葉ではない。言わされた言葉だ。それだけに本当は何を言ったのかがもう今では自信がなくなってきていたのだ。それでも自分は何等かの形で長谷部を陥れたのではないか、そう裕美は何となく感じ始めていた。

 自分は長谷部の陰茎を咥えさせられた。その上で、口の中に精液までぶちまけられたのだ。そのすぐ後には、裸の尻を突き出す格好にさせられて、後ろから犯されたのだ。しかし、裕美には長谷部に犯されたという気持ちに何故かなれなかった。そういう境遇に陥らせたのは、自分自身のせいではなかったのか。そんな思いが、犯した本人の長谷部を責める気持ちにさせないのではないかと思い始めていたのだった。

 裕美は何故か長谷部には謝らなくてはならない気持ちがこみ上げてくるのを感じていた。しかし、いったい何を謝らなければならないのか、自分でも混乱してわからなくなってしまうのだった。

 「何をそんなに深刻そうに思い悩んでいるの。」
 突然の声に、裕美ははっとなって我に返った。目の前に美紀が腕を組んで何時の間にか立っていた。何時秘書室に入ってきたのかも、裕美は全く気づいていなかった。
 「何か相当、思いつめていることがあるようね。」
 「い、いえ・・・。ただ、あの・・・。」
 裕美は心の準備が何も出来ていないまま、突然、美紀に対峙する状況になって、どぎまぎしていた。あの店で粗相をするというとんでもない失態をみられ、その状況の中から美紀に助けて貰って以来、裕美は美紀にはすっかり頭が上がらなくなってしまっていた。それどころか、相談するとしたら、美紀を置いて他はないとまで思うようになっていた。しかし、秘密をどこまで打ち明けてもいいのか、混乱する頭の中で、裕美には整理が出来ていなかった。

 「当ててみましょうか。・・・・。専務と何かあった。」
 思ってもみなかった美紀の言葉に、凍りつくような表情をしてしまった自分に裕美は後から気づいてしまった。
 「やっぱり、図星のようね。・・・。まさか、・・・。」
 「えっ。」
 次に発せられるかもしれない言葉を予感して、裕美は更にうろたえる。
 「身体を奪われたとか。・・・。やっぱり。あんたって、正直ね。顔に全部出てしまうのね。」
 裕美はそう言われて、思わず両手で顔を被ってしまう。
 「その感じじゃあ、普通に男女の関係になったということではなさそうね。」
 「い、言わないでっ・・・。」
 今度は裕美は耳を蔽ってしまう。それが肯定を意味してしまうということに、裕美は気づいていないのだった。そんな裕美に美紀は更に畳み掛けた。
 「執務室に中から鍵を掛けて、羽交い絞めにされた?あらあら、その位じゃ済まなかったみたいね。縛られでもしたの?あら、嫌だ。そうなのね。」
 「ああ、もうそれ以上、言わないで・・・。」
 それは完全な美紀の誘導尋問だった。もっとも、美紀のほうは、芳賀から教えられて全てを知った上での誘導だったのだ。美紀は言葉巧みに、裕美に、鍵を掛けた執務室で長谷部から縄を掛けられ、犯されてしまったことを白状させたのだった。

 「それで、どんな顔をして次に専務に会えばいいのかを思い悩んでいたのでしょう。」
 裕美は、誰かに脅されていて、長谷部を誘惑するようにしてそこまでのことに導いたことまでは話さなかった。いや、話せなかったのだ。長谷部の突然の気の迷いであるかのようにしてしまっていた。美紀のほうも、その背後の事情まで知っていた上で、それ以上攻め込まないことにしたのだ。それも全て事前に芳賀から指示されてのことである。芳賀からは、話の成り行き上、そうなるだろうからと言われていた。裕美に、長谷部のほうから仕掛けてきたと話させることが出来れば、その事で自分に負い目を感じるようになるだろうことまで計算したうえのことだった。

 「いいこと、裕美。こういう時には、冷却期間を置くのが一番いいの。暫く休んじゃいなさい。女は逃げるのも大事よ。特にこういう男女の関係の場合には。私が上手く言い繕ってあげるから、私がいいと言うまで、会社は休んでいなさい。専務には私が上手く話しておくから。」
 「あ、ありがとう・・。美紀さん。」
 思わず涙ぐんで、美紀が差し伸べた手を取った裕美だった。

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