トラバサミ

アカシア夫人



 第七部 罠と逆襲




 第七十八章

 「ねえ、どうしたの。その足。」
 傍らに寝そべっている和樹の足の包帯を見て、朱美が声を掛ける。基本的に夜の仕事である朱美には、出勤まではまだ大分時間がある暇な時間帯である。それを見越して和樹はいつもやってくるのだった。
 「ちょっとした事件があってさ。」
 「事件?奥さんも関係してること?」
 事件と聞いて、朱美も興味津々に訊いてくる。そんな朱美の顔をじっと観てから、和樹は何処まで話したものか、ちょっと思案する。
 「お前は、俺の妻のことになるとどうも興味を惹かれるみたいだなあ。」
 「そおかしら。でも確かに気にはなるわね。」
 「ふん、まあちょっとは関係してるかな。実は、例の放置プレイをまたバルコニーでやってね。そこへある男を誘き寄せる計画だったんだ。」
 「ある男を?つまり、奥さんを餌にしたって訳だ。」
 「そういう事さ。そいつは、山荘のある山ん中を望遠カメラを持っていつもほっつき廻っていて、鳥の写真を撮ってるって言ってるんだが、密かに盗撮なんかしてるんじゃないかって疑惑があってね。」
 「盗撮って、奥さんをとか・・・?」
 「ま、あくまで疑惑だけどね。それで、昼間、ちょっとエッチな仕草を見せて想像させて、夜は夜で裸に近い格好で放置プレイをして待ったって訳さ。」
 「へえ、それでその男、誘き寄せられて写真を撮りにきたの?」
 「いや、近くの薪小屋に潜んで見張ってたんだけど。何かきらっと光った気がして、見てたら、バルコニーの正面の藪の辺りでがさごそ動く気配がしたんで、こっそり近づいてみたんだ。」
 「へえ、それで。それで。」
 「だけど、そのすぐ前の場所に前に仕掛けられた熊用の捕獲罠が残ってて、それに挟まれちゃったって訳。ミイラ取りがミイラになっちゃったって訳さ。」
 「なあんだ。それで男は来なかったって訳ね。」
 「ああ、罠に引っ掛かって大声を挙げたら、がさごそって叢の中で何か動いていって、逃げてったよ。おそらくタヌキか何かの小動物だな、ありゃあ。」
 「ふうん、また拠りに拠って、そんなところに罠がねえ・・・。」
 朱美は和樹の話に何だかしっくり来ないものを感じていたのだが、それは喉の奥に呑み込んで口にはしなかったのだ。

 「それでさ、こっちの病院で念の為診て貰ったら、破傷風の予防の注射を何度か続けてやらなくちゃならないっていうんで、暫くそっちには戻らないで会社の社宅で過ごすことにするからさ。」
 「えっ。暫くって、どの位なの・・・。」
 「さあ、一週間ぐらいは掛かるかな。歩けない訳じゃないけど、まだ暫く歩くのは辛いのもあるからさ。」
 「そうなの。仕方ないわね・・・。じゃあ、こっちに戻れそうになったら連絡頂戴ね。」
 「ああ、判った。あ、それから例の道具なんかは俺の書斎の机の上に置いておいてくれればいいからな。あの部屋はあれこれいじらないで置いてくれるかな。」
 「ええ、判りました。三河屋さんに見られたりするといけないと思って、あの夜のうちに書斎に置いてきましたから。それじゃ、お大事にねっ。」
 山荘の固定電話の受話器を置いた貴子は、ふうっと溜息を吐く。夫の書斎でみたあやしい包みのことは見なかったことにしておくことにしたのだった。
 貴子の頭の中では、一週間留守にすると言った夫の言葉が渦巻いていた。
 (俊介には、お礼をしなくちゃならないものね・・・。)
 貴子はそう思い込もうとしているのが実は言い訳なのだとは思わないようにしていた。

madam

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