アカシア夫人
第七部 罠と逆襲
第七十四章
和樹が性の欲望を滾らせ、股間を硬く大きくさせるのは、貴子の淫らな格好のせいではないことがだんだん貴子にも判ってきた。夫が要求する辱めに自分が服従するのを観ることが何よりも夫を興奮させるのだと気づいたのはつい最近のことだった。
だからこそ、夫との性の営みは今となっては貴子にとって屈辱以外の何物でもなかった。それでいて、陰唇を潤してしまい、最後には喘ぎ声を放ってしまう自分が情け無かった。
(自分はマゾなんだろうか。)
前の晩、夫に屋根裏部屋で奴隷のような格好で犯されて、喘ぎ声を挙げてしまった自分を振り返って、貴子はそう自問自答する。マゾ女という言葉も、美容院の婦人雑誌でこっそり読み知ったものだ。
身体は反応してしまったが、心の中ではずっと早く終わってくれることを願っていた。しかし、三河屋の俊介と清里へ出掛けていって、ラブホテルで縛って貰って、股間を嘗められた時に感じた愉悦を貴子は忘れていなかった。あの時は、この瞬間がずっと永遠に続いて終わらないようにと思い続けていたのだ。そんな自分なのだから、マゾに違いないと貴子はそう思うのだった。
貴子はカウベルで見かけた岸谷のことも思い返していた。急に居ることに気づいて慌てたのは貴子のほうだった。岸谷のほうは、驚いた風は微塵もなかった。大胆不敵というのか、裸の格好の写真を自分の秘密の部屋に飾っておきながら、そのモデル本人の実物を眼にしても動揺のかけらもなかった。
(カメラマンというのは被写体を物としてしか見ないのだろうか。いや、そんな筈はない。ただの物としてしか感じないのだったら、わざわざ鍵を掛けた秘密の部屋に飾ったりする筈はないだろう・・・。それにしてもどうやって、あんな写真を撮ったのだろう。)
本当に岸谷が自分の裸の写真を撮ったのかどうか貴子も確かめてみたかった。
(本当にそんなことで確かめられるのだろうか・・・。)
貴子が思い返していたのは、前の晩、和樹が最後に膣外で果てた後、貴子の戒めを解きながら言った言葉だった。
「お前、そんなにあいつが疑わしいのなら、こっちから誘い出して罠を掛けてみようじゃないか。」
「罠・・・?」
「そうだ。俺にいい考えがある。お前が囮になって、ベランダで裸を晒しているんだ。冬場の薪ストーブ用に薪小屋を作っただろ。あそこに俺が隠れていて、奴が現れるか張っているんだ。」
「そんな・・・。だって、あの人が現れるかどうかなんて、判らないじゃないの。」
「だから、それなりに昼間餌を撒いておくのさ。今夜あたり、何かありそうだなって奴が思いそうなことをさ。」
「餌・・・?」
「ちょっとした芝居を打つのさ。まあ、任せておけ。」
そう言い切った和樹だったが、貴子には半信半疑だった。和樹は、最近では縄などを用意して入れてあるアタッシュケースから、何時の間に手に入れていたのか、スタンガンとストロボフラッシュまで出して見せたのだった。
和樹の策略では、明りを点けて煌々と貴子の痴態を晒しているベランダの真正面の藪に岸谷を誘き寄せ、写真を撮ろうとしている現場を掴んだら、後ろから近づいてストロボの光を突然当て、目が眩んでいる間に、スタンガンで身体を痺れさせ、近くの枝に手錠で繋いでしまうというものだった。岸谷がベランダを窺がうとすれば、身を隠しそうな藪の場所まで調べてあるようだった。
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