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ナイトバーでの痴態




  二

 (こんなところに呼び出していったい何をさせようというのだろうか。)圭子は男の意図が分からないまま不安げに男のほうを見上げる。

 男はなにやら束になったものを手に持っていた。どうもそれは釣りなどにつかうテグスと呼ばれる糸のようであった。
 男はそれを目の前にかざすと、小さな輪を作った。それをテーブルに置くと、今度は両手を合わせ、親指と親指をつけて圭子の前に出してみせる。男が顎をしゃくる。圭子に同じようにしろという意味だ。圭子がおそるおそる男と同じように両手を前に出し、親指と親指を合わせる。が、男はかぶりを振り、手を背中に回してみせる。両手を後ろに回せという意味だ。
 (縛られる ・ ・ ・ )
 圭子は咄嗟にそう予感した。あたりを見回す。客席は暗く、よく見えないが、それぞれに談笑している風で、こちらに注目している様子はなかった。圭子はゆっくり手を背中に回し、背中で親指と親指を合わせる。腿の上に置いたバッグが落ちそうで、圭子は爪先を立てて膝の上げ、バッグがずり落ちないようにしなければならなかった。
 男の手が圭子の両肩を突然掴んで、圭子をぐるっとスツールごと回す。回転椅子になっているスツールは圭子を載せたまま、軽く音も立てずに回って、男に背を向ける位置で止まった。

 圭子は背後で自分の親指に、男がさっき作っていたテグスの輪が嵌められるのを感じた。ぐいっと引っ張られると親指の付け根にその糸が食い込む。すると、まるで金縛りにあったように、両手の自由がまったく効かなくなってしまった。ほんの指先を一箇所縛られているだけとは思えないほど、自由が効かない。チョキンと音がした。余った糸を鋏で切り取ったようだ。

 男は再び圭子の肩を取って、自分に向き合わせる。圭子は何をされるのか怖くなった。

 男の手が圭子の顔に伸びてきて顎を上向かせる。圭子は恥ずかしさに顔を背ける。他の客が圭子と男のほうを注目するのではないかと気が気でならない。が、暗いフロアのまわりの様子はよく見えない。

 男は圭子の膝の上からバッグを取り上げてカウンターの上に載せる。(あっ)と圭子は声を立てそうになるが、余計に注目を引いてしまうので、言葉を飲み込んだ。
 圭子のタイトな短いスカートは座った為に更にずり上がってしまっていて、太腿が付け根近くまで露わになってしまっている。圭子は両脚をぴったりつけて、下着が覗いてしまうのを懸命に隠そうとする。男の視線が痛いように感じられる。両手の自由が効かないので、ポシェットを取り返すことも手で膝を隠すことも出来ない。

 男は突然立ち上がると、圭子のすぐ前に立ち、背伸びをして何やら取ろうとしている。男の手が圭子の頭上の空をさまよっている様子だったが、実は圭子の真上のスポットライト等を据え付けている天井のパイプに通したテグスを引っ張りおろしているのが分かった。

 するすると圭子の顔面までテグスを引き下ろしてくると指で器用に輪を作る。今度の輪はさっきのようり相当大きい。訝しげに見つめる圭子に、男はそれを圭子の首に掛けた。もう一方の端らしい糸を手繰ると、圭子の頸が緩くだが、締まった。圭子は頸を斜めにするようにして男に憐れみを乞うような目で見る。
 圭子が苦しそうにしているのを見ると、男はほくそえんで、糸を少し緩める。テグスはあらかじめ用意してあったらしい。男はそのテグスの反対の端を圭子とは反対側の男の隣のスツールの背もたれに縛り付ける。これで圭子はもう椅子から降りることさえ許されなくなってしまった。降りようとすれば首を縊られてしまうことになるのだ。不安定な高いスツールの上で、圭子は恐怖におののく。


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