赤痣

妄想小説

料理研究家の誘惑



 六

 あの日、瑛太が千鶴の両腕を縛っていった帯締めが緩み始めたのは瑛太が出ていって2時間は経っていた。帯締めがやっとのことで解けた時、千鶴の白い二の腕と手首は赤く腫れた痕がくっきり残っていた。幸いすぐに次の収録は無かったが、京都の自宅に戻るのは数日後にせざるを得なかった。それよりも、シモの部分を剃り落されてしまったことが千鶴に京都の自宅に戻るのを躊躇わせるのだった。
 (もし、夫にこの事を気づかれでもしたら・・・。)
 京都に戻った時に、もし夫に身体を求められたらどう言い訳すればいいというのだろうと千鶴は思い悩むのだった。しかし、その痣の痕は不安と後悔を想起させるだけではなかった。赤く腫れた白い肌をさするとき、千鶴は瑛太の逞しいモノが自分自身を突き上げてくる時の甘美な愉悦をも思い起こしてしまうのだった。

 千鶴が京都の実家に戻ったのは三日後の事だった。シモの毛を奪われたことを夫に知られずに済むにはどうしたらいいかという悩みは杞憂に終わった。夫も実家に戻ってきていなかったのである。千鶴には覚えがない訳ではなかった。暫く前に夫の携帯を偶然見てしまい、若い女からのメールが入っているのを見てしまったからだった。数日間出張してくるという置手紙は嘘に違いないと千鶴は直感したのだった。
 夫が居ないとなると、途端に千鶴は夜の寂しさを噛みしめるようになる。特に瑛太との一晩を過ごした後ではなおさらだった。千鶴は夜な夜な自分の指で自分自身を慰めずには居られなくなってしまったのだった。

 「瑛太はんどっしゃろうか? 先だっては番組でえろうお世話になった千鶴どす。」
 太秦のスタジオに居ることを突き止めた千鶴は思い切って電話を掛けてみたのだった。取次いでくれた人が(代わります)と言って少し間を置いてから千鶴は話しかけた。番組収録の後、東京の自分のマンションに誘ったことは無かったことにして電話してみたのだ。
 「ああ、大原さん。こちらこそ、あの時はお世話になりました。放映の評判は良かったって聞いています。」
 「ええ、ほんまに。プロデューサからもええ数字が取れたゆうて貰いました。そのプロデューサと打合せをしてましたら、瑛太はんが今は京都のスタジオや言うので、せっかくやから我が家の方にも是非来て貰わなと思いましたんどす。もし、よろしかったらどすけど。」
 「ああ、撮影の合間なら時間が取れると思います。」
 「さよですかぁ。いまはウチとこ、主人も長期の留守をしてるもんですさかい、暇を持て余しておりましたんですのよ、おほほほ。」
 「はあ、ご主人はいらっしゃらないんですか。いいんですか、そんな折にお邪魔したりして?」
 「かましまへん。ウチとこはそんなん、なあんも心配要りません。たいしたお構いも出けしまへんけど瑛太はんやったら、いつでも歓迎どすぅ。」
 思いの外、瑛太の反応が肯定的だった事で、はずんでしまいがちになる自分の心を抑えるのがやっとの千鶴だった。
 「ほしたら、そういう事で。ごめんやすぅ。」
 電話を終えた千鶴は、初めてデートの約束をした高校生さながらの気分なのだった。

千鶴

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