妄想小説
料理研究家の誘惑
二
「へえ、かなり広いキッチンなんですね。」
「そうでっしゃろか。やっぱり仕事がら料理の練習とか新しい料理のお試しとかしますやろ。ほならキッチンはある程度充実せななりませんのですぅ。」
「そうですよね。ふうん。」
瑛太は初めてみるピカピカに磨かれた島型のキッチンユニットを物珍しそうに見てまわる。
「あ。いま、エプロンご用意いたしますね。はいっ。」
千鶴はキッチンシンクの抽斗から取り出した畳んだエプロンを持つと、瑛太の背後に廻る。
「これっ、首に掛けておくれやす。うしろで括りますんで。よろしおすか?」
「あ、お願いします。」
瑛太は千鶴が背中側からエプロンを自分の首に掛けてくるのを、何か後ろから抱きしめられたように感じてちょっと緊張する。
「ほなら、これが今日の鯖どすぅ。今朝、届いたモンですんで・・・。」
「おや、こいつは活きのよさそうな鯖ですね。料理のしがいがあるってもんだな。」
瑛太は腕まくりをして千鶴が手渡してくれる、よく研ぎ澄まされた包丁を手にする。
「ほな、もういっぺん。乾杯しなおしまひょ。」
「ええ。じゃ、カンパーイっ。」
千鶴に合せてさっきまで瑛太が捌いた刺身を肴に呑んでいた吟醸酒のぐい呑みを置いて、新たに千鶴が作ってきたジンライムのグラスを合わせる。
瑛太はさきほどから、グラスを半分まで一気に呷る千鶴の眼がとろんとして潤んできているのが気になってはいた。
「結構、お強いんですね。お酒・・・。」
「あら、いやだ。瑛太はんこそ、お強いんやないですかぁ。うふふふ。」
瑛太が半分以上空になりかけた千鶴のグラスを取って、テーブルのボトルから新たにジンを注ぎ始める。そしてグラスに氷を足そうとしてアイスペールの中がほぼ空なのに気づく。
「あ、氷。あらしまへんやろ。新しいの、持ってきますさかい。」
そう言って千鶴がアイスペールを手に立ち上がろうとする。しかしその千鶴の身体は中腰になったところでぐらっと横にふらついたのだ。
「あ、危ないっ。」
咄嗟瑛太が手を伸ばして支えようとするが、瑛太が千鶴の手を掴んだ時にはもう倒れ掛かっていて、そのまま後ろに尻もちを突く。辛うじて頭を打つ前に瑛太の伸ばした手が千鶴の頭を支えたのだが、そのせいで瑛太は後ろ向きに倒れた千鶴にのしかかるような格好になってしまう。
「だ、大丈夫・・・?」
「ごめんやす。ちょっとふらっとしてしまいましたわ。お恥ずかしい。」
声を掛けた瑛太の目の前に千鶴の顔があった。そのまま瑛太は千鶴の唇を奪う。
「あ、あきまへん。堪忍ど・・・。うぐぐぐっ。」
慌てて声を挙げようとする千鶴の口を瑛太の唇が完全に塞いでしまう。更には逃げようとする千鶴の両手首を瑛太が両方の手でがっしりと抑えこんだので、千鶴はもはや身動き出来なくなってしまう。千鶴が諦めて力を抜きかけた時に、瑛太の舌が忍び込んできたのを知って再び大きく仰け反り首を振る。
「だ、駄目っ。私には夫も子供も居るのっ。」
瑛太はその言葉にゆっくりと首を挙げる。
「つれ合いと子供だったら、僕にも居るよ。」
「だったら・・・。」
「ふふふ。最初っからこうなることを期待していたくせに。」
「ち、違いますぅ。そんな・・・。」
「そうだ。いい方法がある。」
瑛太は抑えつけていた千鶴の両手首を片手だけ放すと千鶴の腰の方へ手を回すと、帯の上の帯揚げに手を伸ばす。
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