妄想小説
銀行強盗
二 一時間前
その日、良子は遅番の日だった。地方に独りで暮らしている母親宛ての月々の送金をする為に署に出る前に銀行へ寄って手続きを済ませておこうと思ったのだ。銀行が閉まるぎりぎりの三時前なら窓口を使ってもそんなに混んではいない筈という計算もあったのだ。
三時十分前に送金依頼を出して、待合室の隅で呼ばれるのを待っていた時だった。男性が集団で入口から中に入ってきた。咄嗟に良子の職業的な勘が働いた。
(何か変だわ・・・。もうすぐ銀行が閉まるという時間になって大勢が一斉に入ってくるなんて・・・)
辺りに気づかれないようにそっとショルダーバッグに手を伸ばし、携帯を手探りで操作し、受信音声のボリュームを最低限に落としておいてから1、1、0と発信コールボタンを押す。そおっと周りを見渡して、待合室の隅に観葉植物の鉢があるのを認めて、靴を直す振りをしながら身を屈めると音を立てないように携帯を鉢の後ろに向けて床の上を滑らせる。
その時だった。さっき入ってきた男達の一人が大声を挙げたのだった。
「皆、両手を肩の上まで上げろ。四葉銀行上窪駅前支店は我々によって完全に制圧された。」
男は自動小銃のようなものを抱えていて、フロア中の行員たちと客等を威嚇していた。顔には目と鼻と口の部分だけ穴が開いた黒い目明き帽を被っている。良子がさっと視線を巡らすと、何時の間にかさっき入ってきた男達是子人が目明き帽を被り、それぞれに自動小銃を構えている。人数が半分位に減っているのは、半数は二階へ向かったのに違いなかった。
フロアの全員がパニックに陥っていた。女子行員たちも顔を引き引き攣らせて、おそるおそる両手を肩の上に挙げている。
一人の若い男が急に出口に向けて走りだした。
「止まれっ。」
声がしたと同時に、パーンと甲高い音が響いた。走り出していた男は反動でのけぞるようにして床に倒れ込む。すぐに胸のあたりから黒味を帯びた鮮血が染み出てきていた。男はぴくりとも動かなくなった。
「ただの脅しじゃないぞ。おかしな動きをしたら遠慮なくぶっ放すからな。」
最初に声を発した男がそう言って自動小銃をぐるりと皆のほうへ向けて一巡させる。
「おい、お前。シャッターのスイッチの場所を知ってるだろ。今、すぐシャッターを降ろすんだ。」
男が手近にいた女子行員の腕を掴むと、銃で脅しながらシャッターのスイッチのある配電盤まで案内させる。
ギーッという鈍いシャッターが閉まっていく音が銀行内にも聞こえてきた。
男たちはシャッターが完全に閉まってから、行員達を男性と女性に分けて客たちの居る待合フロアのほうへ移動させ、両手を挙げさせたままフロアの床に座らせる。残っていた客は良子を含め十人足らずだった。暫くして二階からも両手を挙げさせられた行員数人が自動小銃を突きつけられたまま降りてきて、一階の人質たちに加わった。
逃げ出そうとして撃たれた男は二人の目明き帽の男たちに足首を掴まれ裏の方へ引き摺られていき、姿が見えなくなった。
次いで男の一人が大きな布の袋をぶらさげて、行員たちと客等から携帯電話機を回収し始めた。良子は観葉植物の鉢の後ろに隠した携帯が見つからない事を祈りながら、プライベートの携帯とは別に業務用の携帯をもう一つ持っていたのを幸運に思っていた。良子の方へ男が携帯を取りにくると、良子は業務用のほうの携帯を素知らぬ顔で差し出す。
携帯を全て奪ってしまうと、男達は行員と客を監視するグループと、支店長を連れて奥の金庫を開けされ、札束を運び出す準備をするグループに分かれて行動し始めた。良子はなるべく気配を消して目立たないように客の中に紛れていた。
その時、男が集めた携帯の袋の中から着信音が聞こえてきた。音を聞いた途端に良子は自分の業務用携帯の着信音であることに気づく。
(まずいわ。無視してくれればいいのだけれど・・・)
しかし良子の密かな願いも空しく、男は袋の中から着信している携帯を取り出す。そして最初に声を発した男のほうへ持っていって見せるのだ。
「リーダー。どうします、これ?」
男達は携帯の着信画面をみている。良子は業務用携帯の登録してある名前を思い返していた。プライベートな方の携帯は登録名はすべてニックネームにしてあるが、業務用のほうは実名だ。しかし、苗字だけで相手や自分の立場や階級などは伏せてある筈だった。掛けてきた相手を推測してみる。一番あり得そうなのは、一緒にペアを組んでいる後輩の巡査、早崎だった。出署時間が遅れているので問合せの電話の可能性があった。
リーダーと呼ばれた男が携帯の着信ボタンを押して耳に当てる。微かにだが、電話機の声が良子にも聞こえてきた。
「もしもし、良子さん? どこに居るんですか。今、110当番の通報局から問合せがあって、良子さんのプライベートの携帯番号から無音電話がずっと入っているっていうんですが、覚えありませんか? もしもし・・・。もしもし、聞いていますか・・・。」
(まずい。余計な事を・・・。もう切って。早く切って・・・)
しかしリーダーと呼ばれた男はすぐに事態に気づいたようだった。
「おい、どっかその辺に携帯電話が落ちてないか調べてみろ。」
すぐにリーダー以外の男たちがフロア中をくまなく調べ始めた。
「あった。ありました。発信中です。これっ。・・・。あ、やばい。110番通報になっています。」
「おい、声を挙げるな。黙って切らずにこっちへ持って来い。」
観葉植物の鉢の後ろ側に落ちていた良子のプライベート携帯が拾い上げられ、リーダーの元へと持ってこられる。リーダーは良子の携帯を取り上げ、まず通話を切る。それから電話帳などを調べ始めた。
「誰のだ、これは。お前たちのうちの誰かだな。小賢しい真似しやがって。おい、警察に感づかれた可能性がある。お前、すぐ二階へ行ってプランBに切替えると報せてこい。」
(プランB? 何だろうか・・・。警察にはこの場所で異変が起きているらしい事までは伝わった様子だが、部下の早崎の様子では完全には事態はつかめていないらしかった。ここの場所もまだ特定はされていない様子だわ。)
そう考えていると、リーダーと呼ばれた男が自動小銃を構えながら客一人ひとりを観て廻り始めた。
「た、助けてえ・・・。」
小銃を突きつけられた一人の老婆が大きな声を挙げた。逃げ出そうとするのを男が自動小銃の先で老婆の肩を小突く。
「うるせえ。静かにしてろっ。」
「やめなさい。お年寄に乱暴はしないでっ。」
咄嗟に良子は駆け寄って老婆を庇う。
「うん? お前・・・。何か変だな・・・。」
努めて気配を消しているつもりだったが、老婆が乱暴を受けたことでつい動いてしまった事を良子は後悔した。
「手を挙げたまま立上れ。ゆっくりとだ。」
男は良子に銃を向けた。
「そいつのバッグを調べろ。どうも変だ。」
そうして良子は警察官であることをみつかってしまったのだった。
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