理科室の悪魔
第二部
三十一
渡り廊下を歩いて職員室に戻ろうとしていた美津子は反対側から同じ理科教師の磯崎が歩いてくるのを目にする。目を逸らして擦れ違おうとも思ったのだが、磯崎が理科主任で男子生徒向けの性教育も受け持っていると校長が言っていたのを思い出したのだった。
「あ、あの・・・。磯崎先生っ。」
「おや、前島先生。どうですか、この学校の授業にはもう慣れましたか?」
「あ、実は・・・。そのことでちょっと相談したいことがありまして・・・。」
「ほう、何でしょうか?」
美津子はすぐに辺りを見回す。取り敢えず近くには誰も居なかったが、何時誰が急に現れてもおかしくない渡り廊下だった。
「あの・・・。ちょっとここでは・・・。」
「あっ、そうですか。ううむ。じゃ、理科準備室ででも行きますか。」
磯崎は理科主任なので理科準備室も管理しているのだった。美津子は男性教師と二人だけで個室に入るのは躊躇われたが、そうは言っても誰かに聞かれるのも憚られる内容だった。
「えっと・・・。じゃ、そちらで。」
頷いて先に立って理科準備室のある理科室に向かう磯崎の後についていく美津子だった。
「もしかして、性教育の授業のことですか?」
理科準備室に美津子を先に入らせて後から扉を閉めた磯崎が美津子に振り返るなりそう訊いてきた。
「あ、ええっ。実は・・・。」
「やっぱり。性教育の授業は初めてだったのですよね?」
「ええ、そうです。こちらに赴任する前には全く聞かされていなかったものですから。」
「ははは。校長も人が悪いなあ。先にちゃんと言っておかないなんて。心の準備ってものが要りますよね、性教育の授業は。ま、でも今回は急に保健体育の先生が休職されちゃったので想定外の事態ではあるのですがね。」
「磯崎先生も性教育を担当されてるって聞きましたが・・・。」
「ああ、男性の保健体育の先生ってのがあまり居ませんのでね。仕方なく結構長く担当させられてます。」
「そうですか・・・。実は、最初の性教育の授業でしょっぱなから女子生徒に男性の性器は興奮するとどの位の大きさになるのかって質問されちゃいまして・・・。ちょっとうまく説明出来なかったものですから。」
「勃起した男性のペニスがどんな風になるかって質問ですね。まあ、あれくらいの年齢の女子なら一番興味のあるところなんでしょうね。殆どの女子生徒は勃起したペニスなんて見たことがないでしょうから・・・。そうだ。前島先生。そういうことだったら人体模型を使うのが一番手っ取り早いんじゃないですかね。」
「えっ、人体模型? でも普通人体模型には勃起したペニスなんて付いてないですよね?」
美津子はそう言いながら小学生の時に理科実験室で偶々目撃してしまった勃起したペニスを生やした人体模型のことを思い出していた。
「あ、いや。人体模型はいろんな部品を付け替えることが出来るのはご存じですよね。実は男性を模した人体模型の股間は男性器付きのものに取り換えることが可能なんですよ。しかも取り換える男性器には幾つものバージョンがあって、ちゃんと屹立したペニスも幾つか用意されているんですよ。」
(やはりそうだったのか・・・。)
磯崎の説明に、小学生の頃に理科準備室で見たものがやっと得心出来た美津子だった。
「ご覧になりますか?」
磯崎に訊かれて(ええ、是非とも)と答えそうになって寸でのところで言葉を呑み込んだ美津子だった。(勃起したペニスの模型を是非見たい)などとは言えないと思ったのだ。
「もしあるのでしたら・・・。」
見たいとも、是非にも見たい訳ではないとも取れるように語尾を濁した美津子だった。
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